History

1983

1984
ミュージシャン松尾宗人(現・代表取締役)、サウンドエンジニアに転身。
日夜アマチュアバンドのレコーディングやライブハウスでのPAに明け暮れる。
※当時よくレコーディングやPAを行っていたバンドに、“横道坊主”“ボルド”がある。
   
1989 西友・道の尾店“道の尾ホール”の音響部を担当。
長崎オランダ村のショー関係PA業務を担当。
   
1990 個人オフィスだったエコーフィールドを法人化。(有)エコーフィールド設立。
   
1992 この年オープンしたハウステンボスのショー関係PA部門を担当。約2年間従事。
   
1993 念願のレコーディングスタジオを長崎市元船町にオープン。
   
1994 三重県志摩スペイン村にショー関係進行スタッフを派遣。オープンから約2年間従事。
 
  長崎市公会堂おいて開催された“普賢岳チャリティコンサート”のライブ録音を担当。
  泉谷しげる氏を旗ふり役に集結したアーテイストは、吉田拓郎、小田和正、忌野清志郎、南こうせつ、さだまさし、大友康平、浜田省吾、山下久美子、横道坊主、極めつけに井上陽水(敬称略)というそうそうたるメンバー。圧倒的なオーラを感じつつ緊張のオペレート。特に印象的だったのは、忌野氏の圧倒的な声量と、まさに“天使の”という形容詞がぴったりの小田氏の超美声だった。
   
1998 長崎市茂里町にオープンしたキャパ2000名の公共ホール“ブリックホール”の落成記念事業“市民創作企画”公募において最優秀賞を獲得。その作品“長崎時空漂流記”では、脚本、演出、音楽、録音、PAを担当。約200名の出演者が舞台に立ち、約4000名の観客を動員した。
   
2000 テレビ長崎(KTN)の看板番組“てれびみゅーで”のテーマソングを制作。当時めきめきと頭角を現していたストリートデュオ“海人”を起用。アレンジ、演奏、レコーディングを行う。
※海人は後に“フリーウェイ・ハイハイ”と改名し上京、メジャーからデビュー。
   
2002 ブリックホールの“市民参加舞台”企画公募において再び最優秀賞を獲得。その作品“四郎外伝~それぞれのパライソ~”、脚本、演出、音楽、録音、PAを担当。約120名の出演者、約3000名の観客動員。
 
  テレビ長崎の新番組“できたてごぱん”のテーマソングを制作。
作詞・作曲・編曲・演奏・録音を担当。
   
2003 8月、長年慣れ親しんだアナログMTRとミキシングボードに別れを告げ、デジタルコンソール、DAW、HDRといったフルデジタルシステムにリニューアル。
9月、ボーカルトレーニングコースを新設。
   
2004 大阪のテーマパーク、U・S・Jより、イベント制作の舞台監督業務を受注。
サセボよさこいの数チームより、楽曲製作を受注。
11月、思案橋に、大人のライブハウス“Tin Pan Alley”オープン。PAのシステム設計及び、施工、セットアップを担当。オープニングゲストは、あの、“吉田美奈子”。緊張のオペレート。
   
2005 10月、なんと、あの、林 立夫様※1、エコーフィールドスタジオに降臨。2曲をレコーディング。素晴らしいドラミングに酔いしれる。翌日、ライブオペレートをも担当。至福の時を堪能。
10月、作曲を担当して2年目になるサセボよさこいのチーム、“Be-Flat”が、総合三位に輝く。
11月、林 立夫様に続き、なんと、あの“鈴木 茂”様※2、のライブオペレートを担当。 再び至福の時を堪能。Thank you 近藤。※3
  ※1=日本を代表するドラマーの一人。初期の荒井由美(ユーミン)を始め、松田聖子その他、参加レコーディング総数は、7000曲に上り、恐らく日本人で彼のドラムプレイを聴いたことの無い人はいないはず。
  ※2=あの、“はっぴいえんど”のギタリストにして、日本を代表するギタリストの一人。林 立夫氏同様、恐らく日本人で彼のギタープレイを聴いたことの無い人はいないはず。
  ※3= ライブハウス“Tin Pan Alley”のオーナーにして、エコーフィールド代表松尾の中学の同窓にして、高校時代のバンド仲間。ちなみに当時のバンド名は、“Happy Session Band”
   
2006 5月、オフィスをリフォーム。
10月、佐世保よさこい祭りにおいて、レコーディングを担当した長崎大学“突風”が、最優秀賞を獲得。
   
2007 4月、テレビ長崎の『エコ・キャンペーンソング』“さま・サンバ”制作。
12月、ホームページをリニューアル。
 
2008 1月1日、ブログをスタート。
6月、浜の町のイベント、“ハマスカ”スタート。PAを担当。
   

常に“良い音”とは何か、どうすれば“良い音”に鳴るのか、といった果てしない難問に答えを見いだすべく、カタログと財布の中身を確認しつつ(哀しい)、日夜、スタジオをいじくり倒しながら現在に至る。

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