ヨナとユミ

月曜日, 3月 1st, 2010 @ 15:05:32 | blog

今日の長崎地方は雨・・・・

バンクーバーオリンピックも終わった。結局、金は無し・・・・・

kfullflash20091017017_l.jpgしかし、ふっと思うことあってググってみた。『キム・ヨナ』

出るわ出るわ、八百長の文字・・・

思わず読みハマっちまった。・・フムフム・・・なーるほどー・・・

納得することも多い・・・・まず、今回の彼女の得点の高さ。

まともに考えれば、男子の中でも優勝する得点だ。(男子は得点加算率が違うため)

プルシェンコがあきれ顔で言っていたように、『キムは4回転を2度飛んだとでも言うのか?』となる。

スケート連盟の副会長に彼の国の人が就任した直後から、キムの得点はうなぎ上りに上がり出したらしい。

(そういえば、ここんとこのテレビのワイドショーは、ヨナが何故、このような高得点になったのかをしつこく解説し続けている。まるで、火消しに躍起になっているかのようだ。)

思い出した。2002年のワールドカップ。

あの時の韓国代表の快進撃は、少しでもサッカーを知っているものならば到底容認できる内容では無かった。あからさまに判定に贔屓があった。

※言うまでもなく、審判が買収され圧力がかかっていたはずだ。

特に、対イタリア、スペイン戦は酷かった。あれじゃ、選手もやる気なくすぜ。

image.jpgなーるほどね、SP時のヨナの余裕の表情の意味がわかるような気がするばい。

『この点数なら、楽勝ね』とでもいいたげな表情ともとれるね。(すっかり感化されてる俺!!)

でもね、かつてのケネディ暗殺事件を持ち出すまでも無く、昔からマスコミ報道なんちゃ信用できるはずも無い。

利害関係が殆どないネット住人の歯に衣着せぬ意見の方がよっぽど信憑性があるっちゅうもんだ。

真央ちゃんに関しては、それだけでない真央包囲網もあったようで(なんと日本マスコミによる)、19歳の少女にすると、ぶっつぶれてもおかしくない状況下で戦った訳で、前回のブログで、まことに偉そうなことを述べてしまって、まったくお恥ずかしい限りであります。

そんな中で、銀をとった真央様に改めてリスペクト致します。

そーんな昨日・・・・

ここんとこ、スタジオ仕事続きで、昨日も、T浪氏のレコーディングだった。

T浪氏、着くなり僕に2枚のディスクを差し出した。

一枚はDVD-R、もう一枚はCD-R。

nec_0343.jpgCDの方は、知る人ぞ知る名バンド『センチメンタル・シティ・ロマンス』のギタリスト、告井延隆氏のソロアルバム『SGT. Tsugei`s Only  One  Club  Band 』

なんと、アコースティックギター一本によるビートルズ。それも、リアレンジなんちゅう姑息な手段は一切使わず、オリジナル通りに弾き倒す、という荒技、というより無謀技、というよりバカ技。

いやーすばらし!! ギター一本でここまでできるんやねー。。。

しかし、ギターが素晴らしいのは当然だが、それでも思ってしまうのは、そのメロディーの素晴らしさ・・・・やっぱビートルズは無敵だ。

で、もう一枚。これがすげかった。

松任谷由実。この名前を知らない日本人は少なかろう。

彼女がデビューした時は、荒井由美と名乗っていた。

title00_143043686.jpgそのデビューアルバム『ひこうき雲』の誕生物語のTV番組が詰まったDVDだった。

当時のアナログ2インチ16トラックマスターテープ を、当時のディレクター、エンジニアと共に、一緒にサウンドを作った、細野晴臣(ベース)、松任谷正隆(キーボード)、林 立夫(ドラムス)、(当然、ここにいるはずのギタリスト、鈴木茂の姿が無いのが悲しい。)のキャラメルママの面々と共に聞く、という趣向。

※ 林立夫さんと鈴木茂さんとは、かつて仕事でご一緒したことがあるのが、僕の自慢だ。
彼らとの素晴らしい時間の話しは、いつかここに記したいと思う。

サウンドがなり始めると、すぐさま、皆の顔が、紅潮し、まるで、あの日に帰ってしまったかのよう。

オモロかったのが、細野さん。(僕は、個人的に、細野さんこそ日本一のベーシストであるのは当然として、世界でも絶対に通用した日本人ベースプレイヤーだと思っている)

title00_143040660.jpg曲が鳴るたびに大喜びで大絶賛。自分たちを褒めちぎりまくる。

それは彼だけではない、松任谷さんも林さんも、同じだ。

でも、ちっとも嫌らしくない。そこには、いつまでも色褪せない、本当に宝石のようなサウンド達が光り輝いているのだから。

それに、そこには、必死に音楽に打ち込んだ若き日の自分自身が躍動しているのだから・・・

きっと皆さん、まるでタイムスリップして青春の我が身と対面したようで嬉しかったに違いない。

何といっても、歴史的な作品の創造に立ち会えた喜びと誇らしさに溢れた、実に良い顔をしているのが印象的だった。

1トラック毎に聞いてみる。

エンジニアの僕からすれば涎もんのシーンだ。

title00_143045269.jpg曲は『ベルベットイースター』、パートはエレピとオルガン。松任谷さん本人のリクエスト。何をやっていたか確認したかったらしい。

本人曰く、モヤモヤ担当、だったらしく、まさにモヤモヤしたフレーズがちりばめられていた。

しかし、皆さん本当に巧い。当時、みんな20代だったはず。なんちゅうサウンドとリズム。

僕的には、特に、ドラムとベースに耳が釘付けになった。

それと、何といっても、ユーミン自身の声。残念なことに現在はすっかり失われてしまったけど。

僕が、彼女の声を初めて聞いたのは、中三か高校1年の時。

その頃の日本にはまったくなかった、まるで洋楽のようなメロディーとサウンドにすっかり虜になったのを覚えている。

当時の僕は、バリバリのハードロック小僧だったはずなのだが、彼女だけは別だった。

特に、ひこうき雲の、最後のサビの、♪かけーてゆくー♪ の、けー、の声が大好きだった。

title00_143044816.jpgそして秘話。なんとひこうき雲は、初め、雪村いずみさんに提供された曲で、彼女も吹き込んだらしい。

もともとユーミン自身、作曲家志望で、自ら歌うなんてことはまったく考えてなかったというエピソードにも驚いた。

しかしそこに、魔法使いが登場するんだね〜。

デモテープのユーミンの声に惚れ込み、歌手デビューをさせ、しかも、彼女にキャラメルママという名うての演奏家集団をぶつけて、さらなる化学反応を目論んだディレクターという名の魔法使いがね。

やがて最後の曲。ユーミン自ら一番好きな曲だと紹介。『雨の街へ』

少し驚き、少し嬉しい。なぜなら、どちらかといわなくても暗いこの曲を、ユーミン自身が好んでいたことが意外だし、高校1年の頃、僕はこの曲が大好きで、毎日リピートして聞いていたのだ。

このことは誰にも話したことは無い。だって、当時の僕はハードロック少年で、こんな女々しい暗い曲が大好きだなんて、こっぱずかしくて誰にも言えなかったのだ。

しかしまぁ〜、なんという素晴らしい時代。僕らはそんな時代に育ったことを感謝しなくちゃね。

何気にユーミンが言ったっけ。『今の子は可哀想。小さな部屋でパソコン相手に音楽しなきゃいけないなんて。』

その通り。バンドを組んで、メンバーそれぞれが手弾きの楽器で、音をぶつけ合う。

そこには、決してコンピューターでは計算不能のサウンドが生まれるんやね〜。

勿論、今もがんばってる若者達もいることを僕は知っている。でも、ちょっと、いや、かなり、レベルが違ってしまっているのは否定できない事実だ。

時代もある。しかし、音楽の、生演奏の素晴らしさは普遍なんだ。

がんばれ若者!! 生が気持ちイーにきまってんだぜー!!

ありがとうユーミン、そしてT浪君。

 

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