エンジニアとして影響を受けた名盤シリーズ No-2

木曜日, 4月 10th, 2008 @ 21:18:48 | blog

今日は朝からグズクズ天気だ。予報ドンピシャだ。
で、本日も名盤シリーズ。今日のは凄い。まさにロックを代表する名盤だ。

僕はこれまで、かなりの数のレコードを聴いてきたと思うし、好きなアーティストやジャンルも多岐にわたる。別に、ロックだけが好きなわけではない。ベートーベンだって聴くし、ヘレン・メリルやジョー・パスも好きだ。
しかし、そうはいっても、結局、僕のルーツは、二つのバンドに集約されてしまう。

一つは、ビートルズ。
ディープパープルを知った中三の時、一時的に離れたが、所詮ハシカのようなもんで、半年もしないうちに、またビートルズを聴くようになり、それから僕の人生は、常に彼らと共にある。

そして、もう一つが、レッド・ツェッペリンだ。
彼らを初めて聴いたのも中三だったが、それは、シングルの『移民の歌』で、中三の僕には今一つだった。な〜んか気持ちの悪い曲やな〜というのが正直な感想だった。
それが、その直後に聴いたディープパープルの『ライブ イン ジャパン』のお陰で、すっかりハードロックに目覚めた僕は、次々にハードロックバンドを聴き漁るようになった。
そんな中で出会ったのが、ツェッペリンのセカンドだった。これにはやられた。もう一曲目から一発KOされた。
その日から、僕の中のランキングが、一位ツェッペリン、二位パープルになった。

それから日を置かずして聴いたのが、今日紹介する名盤、ツェッペリンの4枚目。タイトルはない。
希代の名曲『天国への階段』を含む、ロック史上燦然と輝く、名盤中の名盤だ。
(彼らのアルバムは全て好きだ。しかし、サウンドを研究する上では、やはりこのアルバムは避けては通れない。)
初めて『天国への階段』を聴いたのは、ラジオだったように思うが長過ぎて途中でフェードアウトしたような気がする。しかし、その美し過ぎるイントロだけで、虜になった中坊の僕だった。

No-2 LED ZEPPELIN 4 1971

cimg1004.JPGアーティスト:  レッド・ツェッペリン
プロデューサー: ジミー・ペイジ
エンジニア:   アンディー・ジョーンズ
スタジオ:    ヘッドリーグランジ with ローリングストーンズ・モービルユニット
アイランドスタジオ
ミックス:    オリンピックスタジオ、アイランドスタジオ(ロンドン)
サンセットスタジオ(ロサンゼルス)

このアルバムは 、通称フォー(4)と呼ばれているだけで、正式には無タイトルだ。バンド名すら入っていない。というか、文字一つ無い。
当然、レコード会社とは大揉めだったらしいが、それを押し切ってしまった、ジミーとマネージャーのピーター・グラントの剛腕ぶりも痛快だが、この時代のロックバンドの志の高さと、それを認めた社会も、現代から見ると羨ましく思える。

(結果として、このことも逆に宣伝になり、バンド史上最大のセールスを記録した事実は、まさに名プロデューサー、ジミーペイジの面目躍如といったところか。)

もちろん、ジミー・ペイジは内容に絶対の自信があり、名前なんかではなく中身で勝負だ、といいたかったのだろう。

デビュー以来、史上空前のハードロックバンドといわれたツェッペリンだが、決してそんな括りで語れるようなスケールのバンドでない事を、このアルバムで証明したと思う。音楽的には、本来のブルースベースのハードロックから、アイリッシュトラッドフォークに、中近東音楽への憧憬、さらには、インド音楽への接近、と、その音楽観は、全世界へ広がっている。そして最も凄いのが、その全てを、レッド・ツェッペリンという一つのカラーで統合しているという点だ。この点こそが、アーティストとして、最も重要な才能なのではないだろうか?
誰かの真似をする事は容易い。しかし、その影響を受けた上でなお、自分ならではを表現できる、ということこそが、まさに芸術家の仕事だと思うのだ。

※実際、彼らの作品にはパクりが多い。特に、ブルースからのパクりは結構エグイ。
しかし、聴き比べると呆然とする。確かにパクっているのだが、もはや別曲かと思えるほどグレードが上がっている。
僕が作者なら、思わず、パクってくれて光栄です。とでも言いそうになるのは言い過ぎか?!

レッド・ツェッペリンとは、彼らの出すサウンドそのものが、オリジナルなのだ。・・・・

さて、肝心のサウンドについてだ。まず、データを見て直ぐに気付くのが、ローリングストーンズ・モービルユニット、という部分だ。これは、その名の通り、あの“ローリング・ストーンズ”が、所有する移動レコーディング車だ。この頃やたらと流行っていたらしく(ひょっとして、商売熱心なミック自ら、バンド仲間に営業しまくったのかも?)、様々なバンドが利用している。
(同じ頃、ライバルといわれたディープパープルも、このユニットを使って、スイスのホテルで、名盤『マシン・ヘッド』をレコーディングしている。)

いかんいかん、つい横道へそれてしまう。このモービルユニットと言う点が味噌なのだ。

つまり、どこへでも行けてしまう。ヘッドリーグランジと言う場所がどんなところだったのかは不明だが、所謂スタジオでないのは確かだ。

この試みは、実は、サードアルバム製作時にはスタートしていた。よほど、そのやり方がお気に召したようで、本作でも引き続き採用になったようだ。暗く閉鎖的なスタジオから飛び出して、自由な雰囲気の中で、思う存分曲を作りたかったのだろう。曲に応じて、いろんな場所で録ることだって可能になる。 その為のモービルなのだ。

ジミー・ペイジはこう言っている。『サウンドは、その場の空気そのものだ。』
(ジミー自身、ギターの録音をする際は、普通にマイクをスピーカーの前に置くのではなく、イメージの音が得られるまで、自由にマイクを動かして 位置を決めたという。多くは、スピーカーからかなり離れていたという。)

ジミーの、その考えが最も顕著に現れているのが、ジョン・ボンゾ・ボーナムのドラムだ。

まず、一曲毎に音が違う。
比較的普通に録られたA面であるが、『天国への階段』では、興味深い事が発見できる。
この曲は、恐らく、トップとキックを中心に(多分、トップ、キック、スネア、タム)足りない物を クロースマイクで補ったと思われるのだが、明らかに、ハイハットとシンバルがオーバーダブされている。豪快に一発録り、というのがイメージなだけに、そんな繊細なプレイをボンゾがやった事がおかしい。(失礼!)
しかも、何故かこの曲だけは、アイランドスタジオという普通のスタジオで録られている。

B面へ行くと、のっけからぶちかまされる。『ミスティ・マウンテン・ホップ』だ。

この曲も、何といってもドラムだ。左に、キックとトップのクロースマイク、右に、少し離れた場所に置いたアンビエンスマイクを同じ音量で定位させて、両方を、リミッターでバシバシに潰している。
ちょっと前に日本でも大流行した、過激コンプドラムの先駆けのような曲だ。

※このサウンドが、1971年当時、どれ程斬新だったか、同時代の他のレコードを聴けば分かる。
時代は、スタジオ内の音響も、どんどんデッドなサウンドへシフトしていっている時で、ドラムなども、できるだけタイトに録音することがトレンドの時代だった。
そんな中でツェッペリンは、明らかに時代に逆行していたのだ。

しかしそこには、彼らの何者にも左右されない確固たる意志と、時代を透徹した絶対の自信を感じる事が出来る。

続く『フォー・スティックス』は、その名の通り、ボンゾがスティック4本を使ってブレイした5拍子の曲だ。
因に、この曲では、マルチレコーダーのバリスピードを使って、キーを下げてボーカルを録音した後、ミックスの際に戻す事で、このようなハイトーンボーカルを実現していると思われる。
(この頃流行した技の一つ。クィーンや、エルトン・ジョンのレコードでも確認できる。)

そして、アルバムの最後を飾る、『ウェン・ザ・リビー・ブレイクス』。このドラムも圧巻だ。
このドラムは、滞在していたホテルの非常階段の踊り場で録った、という説もある。
(本当だとしたら、まさに、モービルユニットのお陰だ。)
充分に有り得るサウンドだ。明らかに人工的でない、長めのアンビエンスがその根拠だ。
これも、かなり深くリミッターが掛けられている。

※後日、真実が判明。このドラムサウンドは、ヘッドリー・グランジのホール?で録られ、離れた二本のアンビエンスマイクを強力にリミッティングし、ジミー・ペイジ所有のビンソンのエコーチェンバーが掛けられた。

※僕の耳もいい加減なもんだ。しかし、ビンソンのエコーチェンバーとは驚きだ。

ドラムといえば、ボンゾはいうまでも無く、26インチのバスドラを使っている。
実は、僕らは、この26インチのサウンドと言うものを随分研究してみた。
しかし結果は惨々たる物だった。まず、このデカイ生音に対応できる広い部屋が、絶対的に必要だという事。
狭いブースではとても無理だ。それと、ローエンドが死ぬほど出るので、最近のATM-25のような、ローがしっかり入るマイクなどは逆効果だ。ボンゾも、写真等を見ると、シュアーの細身のダイナミックマイクを使っている。型番は忘れたが、確か、SM57の前身機種だと思う。きっと57でも代用可能だと思うが、残念ながら試していない。
いずれにしても、レコードを聞く限り、相当、ローカットしているように思うのだがどうだろう?・・・

しかし、ボンゾのドラムは凄い。凄過ぎる。何もかもが凄い。彼の真価は、最近連発しているDVDで再確認できる。
いずれも、びっくりするほど音質が向上しているのだが、特にボンゾのドラムが飛び抜けて凄い。
プレイが凄いのは勿論だが、一個一個の音がとてつもなく素晴らしい。こんな音は誰も出せない。
ツェッペリンファンでなくとも必聴だ。

ドラム以外でも、一曲目の『ブラック・ドッグ』では、ギターをラインで直接卓に繋ぎ、卓のヘッドアンプで歪ませる、というビートルズ技を使っている。(レボルーションのギター参照) おまけに、ギターソロは、お得意のレズリー・スピーカー使用だが、これも、ビートルズの得意技だ。(ホワイル マイ ギター ジェントリー ウィープス、レット イット ビーその他。)
公式インタビューでは、余りビートルズは聞いていない、と言っていたジミーだが、相当に、この希代の天才グループを研究していたに違いない。

エンジニアらしい裏話としては、ボーカルのロバート・プラントのフェイバリット・マイクが、エレクトロボイスのRE-20というダイナミックマイクというところか。(ダイナミックの割には、かなりフラットな特性のマイクだ。)恐らく、強力過ぎる彼の声は、繊細なコンデンサーマイクでは、捉えきれなかったのだろう。
ただ、デビュー時に、既に最高点に達していたプラントの声は、このアルバムでは、僅かだが衰え始めている。彼の限界を知らぬ声は、サードアルバムが最後だ。

プラントに関しては、同じポジションだったこともあり、特別な思い入れがある。
(高校時代から、かなりコピーを試みたが、ドラムができないか、ボーカルの僕が出来ないかで、結局、なんとかコピーできたのは、ほんの二、三曲程度だった。)

この人は有る意味、物凄く過小評価されているのではないかと最近思うようになった。
ネットが登場して以来、様々な映像&サウンドを聞けるようになった。
ツェッペリンも決して多くはないが、かなり古い音源を聞く事が出来る。
特に、1970年頃のテイクにおけるプラントは、常人を遥かに逸脱している。とても同じ人間には思えない。

誰も、真似することさえ不可能だ。

パワーがある、ハイトーンが出る、だけなんかじゃない。プラントのボーカルは、いつも生きている。
普通、ボーカルというものはメロディーがある。主旋律というやつだ。もちろん、ツェッペリンにだってある。
しかし、プラントは、常に、その時の感情のままに唄い、叫ぶ。
簡単にいうが、なかなかこうは行かないもんなんだ。まるで、男版、ジャニスだ。

初期のツェッペリンが、デビューすると同時に伝説になった要因は、間違いなく、ボンゾの凄まじいパワードラムと、全く次元の違うプラントのボーカルによるものが大きかったとしか思えない。それまで、この二人の余りに常軌を逸したパワーを許容できるメンバーがいなかったのだ。・・ジミー・ペイジに出あうまでは。

この二人を発見した時の、ジミーの興奮が見えるようだ。

このアルバムに限らないが、ツェッペリンのレコードは、決して音が良いわけではない。これは所謂、ハイファイであるか? と言う意味においてだが。時代的に仕方ないこともあるが、定位も不安定で、決して、エンジニアリング的整合性のある物ではない。どちらかといえば、アレンジが進むにつれ、思いつきで決めていったように思える。言い換えれば、ひらめき重視というか。・・・・・あくまでも感覚優先というか。
そういう意味では、あくまでも、プロデューサー、ジミー・ペイジの主導の元にレコーディングされた様子が分かる。
ミックスにしても、バンド同様、その場のインスピレーションというか、アドリブ的プレイが随所に見える。
例えば、ノーエコーで始まったボーカルが、気付くと深いエコーに包まれていたり・・

3曲目の『ザ バトル オブ エバーモア』でも、後半、ボーカルにかかっている、ディレイリバーブ(一旦、ボーカルをディレイに送り、更にリバーブへ送る。)のバランスを、手動で自由に増減している。さらには、お得意の、パン飛ばしまくり技も、手動によるその場限りの技だ。

ツェッペリンにとっては、ミックスまで含めたセッションだったのだ。
その場の興奮、感動、そのものを封じ込める事こそが、ツェッペリンのレコーディングなのだ。

これこそが、僕の目指すべきレコーディングとなった。 まさにバイブルのようなレコードだ。

いずれにしても、ツェッペリンというバンドは捉えきれないバンドである。技術云々で語るなどおこがましいというか、彼らのサウンドは扇情的で、直接、脳のどこかを直撃する。理屈ではないのだ。こんなバンドはいない。

※去年、ようやく、亡くなったボンゾの息子ジェイソンを入れて、再結成ライブをしてくれたのは嬉しかった。ライブは予想以上に素晴らしかった。しかし、ジェイソンはジェイソンなのであって、決してボンゾにはなれない。
そんなことを受け入れるために、メンバーは27年もかかったのだ。

※偉大なり、ジョン・ボンゾ・ボーナム。1980年没。享年31歳。・・・・合掌
(げぇーっ、改めて若過ぎる死。デビューは19才。いかに早熟の天才だったかわかる。)

レッド・ツェッペリンというバンドは、ただのバンドではない。ロックそのものというか、ロックとは何か? と問われたら、躊躇無く、これこそがロックだ、と言えるバンドだ。

存在そのものというか、その全てに影響を受けたバンドなのだ。

 

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    One Response to “エンジニアとして影響を受けた名盤シリーズ No-2”

    1. battlefield Says:

      Good response in return of this issue with firm arguments and telling everything concerning that.

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