山下達郎 様

金曜日, 9月 16th, 2011 @ 17:41:39 | blog

言わずと知れた、日本を代表するPOP MASTERの一人。

僕らの世代にとっては、『師』とも呼べる大先達だ。

僕が、師を知ったのは、もう30年以上昔・・・・19才だった。

ソリッド・スライダー(SPASY)、ペイパー・ドール(Go Ahead)あたりにぶっ飛んだ。

当時、日本の楽曲では初めて聞くようなファンキーなリズム、間だらけで無駄の無いイカしたアレンジ、そして何と言っても、達郎さんの最高のボーカル&メロディ。すべてが完璧で、完全にノックアウトされたのをよく覚えている。

それまで、洋楽一辺倒(ユーミン等ほんの少数をのぞき)だった僕を、ぐーっと国内へ目を向けさせるきっかけにもなった。

どのアルバムも素晴らしいが、僕の中では、82年発売の『For You』で、一つの頂点を極められたような感を持っている。

ラジオから流れてきた『Sparkle』にやられた僕は、そのままレコードショップへ買いにゆき、当時のバンドでカバーしてライブでもやった。

改めて聞くと、ほんと当時のミュージシャンは巧い。(師は、ライブサウンドも最高なことで有名。)

※ あくまでも音質優先に選んだ画像なのであしからず。

この最高にイカしたイントロのギターカッティングは、師自身による演奏で、フェンダー・テレキャスター(ローズネック)をSSLの卓にDIを通してダイレクトにぶち込み、Urei1176(コンプ)だけをかけて、ステレオ・ダブル録音されたという。

しかし、こんなギターのノリ、中々出せるもんじゃございませぬ・・・恐るべし

同時に、当時、常にタッグを組んでいた日本を代表するエンジニア、吉田保巨匠の素晴らしいサウンドも合わせて楽しんでほしい。(名盤とは、常にすべてが揃っている。)

あと、これらオールジャパンチームに対して、シュガーベイブ時代の超名曲『Windy Lady』を、ソロデビューする際ニューヨークの一線級ミュージシャンとやっているので、これも貼っておく。

当然、赴きはかなり違う、ノリも、サウンドも・・・・

とは言っても、ここ十数年、師の作品はほとんど聞いてない。

510v0deanql_sl500_aa300_.jpgそんな師が、近頃新譜を出され、それに合わせて各紙にインタビューが掲載された。(Ray of Hope)

小生、その内容にいたく感銘を受けたので、内容をいくつか転載したいと思う。

『僕が何のために音楽を作り続けているかというと、純粋に作品をよりよくしたいということだけなんですね。

そして、なぜ音楽を売りたいかというと、アルバム制作費を増やしたいから。

ソロ始めた頃は全然売れなくて・・・・・生身のミュージシャン呼んでレコーディングしているわけだけど、トライ&エラーなんてものは許されなかった。・・・・

“もう一度録るなんて予算の問題で無理だ”ってスタッフに言われるのね。それで僕はレコードを売ろうと思ったんです。

・・金を儲けたいとかスターになりたいとか、そういうことじゃないのね。要はもうワンテイク、もう一曲録りたいだけ。

今の若いバンドもローバジェットな制作を強いられているよね。レコーディングまでに曲を書いてこいって言われて、いざ曲を持っていったら作曲家気取りのA&Rにサビが弱いとか指摘される。挙げ句、ドラマーがヘタだって言われて後で編集される・・・・でも、メジャー・デビューできるならバンドも従っちゃう。

僕も若い頃同じようなことがあって、“お前、曲はいいけど詞が良くないから、他の作詞家を使う”って言われて、冗談じゃないって啖呵を切ったの。
下積みに戻ったとしても、そんな作り方をされるんだったら辞めるって。そこは僕の主張が通ったんだけど、ケンカしなくちゃいけないときっていうのはあってね。

何で自分は音楽をやっているのかを考えたら、その相手言うことは聞けなかったんです。

だから、若いミュージシャンの人たちは“ここは妥協してくれ。売れたら好きなことができるようになるから”って言われても聞いちゃだめですよ。絶対そんなことないから。

初めからやりたいことを通さなかったら、有名になっても好きなことはできない。・・・・自分の音楽表現に対して絶対に妥協しちゃダメ。(Sound & Recording Magazineより抜粋)』

正に至言ですなぁ・・・・

そうそう、師は、かつて、なんとシュガーベイブ時代、長崎でライブをやったことがある(らしい)。しかも、実質的デビューライブだったという。時は1973年8月23日。(その頃僕は・・・ようやく、ビートルズあたりを聞き始めた頃)

場所は、僕らがよーくしっているNBCビデオホール(キャパ330名位)。マネージャーの長門芳郎氏が長崎出身だったからだという。(この件は、友人が経営するライブハウス“ティンパンアレイ”に詳しい)

これを見れた人は(200人ほど)は、何と幸せなんだろう。

・・・・・・

かつて師が言った言葉で、大好きなものがある。

『僕は、アーティスト(芸術家)というよりもアルチザン(職人)と呼ばれたい』

日本音楽界の至宝です。

 

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    5 Responses to “山下達郎 様”

    1. KITON Says:

      こんにちは お久しぶりです。

      山下達郎君ですか、懐かしいです。
      我が家から200mの所に住んでいた同級生です。
      といっても学校は違ってましたけど。
      私は第六小学校から第一中学校へ
      彼は大山小学校から越境で進学校の茗荷谷中学へ
      第六小学校から越境して茗荷谷中学にもずいぶん行きましたので友人は結構ダブっていますね。
      ・オリンピックが小学六年の時
      ・「バラが咲いた」が中学1年の時
      ・ビートルズの来日が中学1年の時
      ・グループサウンドが中学2年から
      まさに戦後、音楽の集中放火の時代
      ・新宿駅の放火事件が高校2年
      ・新宿の高層ビル乱立と三島由紀夫の自決とマクドナルドの銀座進出が高校3年生の時
      ・あさま山荘事件が大学2年の時
      いろいろ日々事件は有りますが、高度成長に伴うひずみは我々の時代にも思い出さずとも記憶の中に残っています。

      数年前、山下君と同じ美容院で会った友人が、本人が美容師に「最近抜け毛が多くて」と嘆いていたぞと私に言ったのを今思い出しました。 私は白髪になりましたが、彼よりは悩みとしては小さいかな。

    2. admin Says:

      お久しぶりです。

      そーですか〜、謎のKITONさん素性が、だんだん分かってきました。(笑)
      しかし、達郎師匠と同級生であらせられるとは(師を、君付けで呼べるところが羨ましすぎます)・・・・さすが東京?!

      それにしてもKITONさんたちの人生は、まさに戦後日本と完全にシンクロしていて、僕らから見ると、何となくうらやましいです。

      それと、僕ら九州人からすると、当時の東京は恐ろしく遠く、カルチャー系情報が入ってくるのも、2〜3年は遅れていたと思います。
      だから、テレビに出ない人の情報なんて、とんと入ってこず、何となく風の便りを耳にするような感じでした・・・・(哀)

      達郎さんやCHARの名前も、高校生くらいの頃には、噂としては聞いていました。

      東京には、恐ろしくオシャレな音楽をやってる連中や、聞いたら腰抜かすほど巧いギタリスト(しかも若い)がいるらしい・・・・・みたいな。。

      あれから、うん10年・・・師匠は変わらずロックな人生を歩んでらっしゃいます。僕らもかくありたいものです。

      師匠の髪は、若い頃からヤバかったですね。

    3. KITON Says:

      白髪のKITONです。こんにちは。

      思い出がガンガンよみがえってきました。
      大阪万博が高校3年の時だった。

      23歳位の時、幼稚園の先生からすぐ来いの支持、言ったら「小川宏モーニングショー」の初恋談議(初恋の相手探し)の恋人探し。
      幼稚園時代は硬派の私は女の子の名前など覚えているわけがない。
      中島淳子と言われてもピンとこない。
      でもそれが「夏木マリ」と解って仲間内では大騒ぎ!。
      当時の写真を見たら絶世の美少女。
      皆、床屋に行くは、スーツは作るは、仕事に手がつかない奴らばかり、硬派の我々が対象外なのはわかりきっているのに馬鹿ばかり。
      当然相手は、ナンパな奴だった。
      確かに東京は意外な出会いの多い町かもしれない。

    4. admin Says:

      ははははは、とても面白いお話ありがとうございます。
      夏木マリと聞いていきり立つ面々のお顔が目に浮かぶようです。
      『夏のせいかしら』が好きでした・・・

      夏木マリさん・・・僕も一度、実物に間近でお会いしたことがあります。

      僕が19才くらいの頃、ナイトクラブで演奏していたんですが、当時、長崎では有名だったその店には、よく来崎の芸能人が来店されていました。

      夏木さんも、テレビの収録かなにかで来られたんではなかったでしょうか。

      とにかく顔が小さくてスタイルの良いきれいな人でした(今もきれいですが)。
      で、演奏の合間に、ごったがえする店内を歩いていると、なんと目の前を夏木さんが歩いているではありませんか。

      あまりにその後ろ姿が色っぽかったので、僕は、おもわず、お尻をさわってしまい、次の瞬間、人ごみにまぎれたのでした。

      後日、仲間内で随分自慢したものです。アホですね。

      夏木さんが気付いたかどうかは分かりません。
      青春の恥ずかしい思い出です。

    5. Homepage Says:

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