Archive for 9月, 2010

 

Archive(アーカイブ)普賢岳チャリティライブ

9月 26, 2010 in blog

Archive(アーカイブ)とは、書庫、記録保管所の意である。(ウィキペディアより)

img_0925.JPGスタジオでこの言葉を使う場合、文字通りスタジオの記録(様々な音源)を保管することなのであるが、実質的には、古くからの音源(4/1アナログテープ、カセットテープ、DAT、MD他、様々なメディアに記録された音源)をデジタルでPCに取り込み、HD等のデジタルメディアに変換して保管することを意味する。

そこから更にマスタリング等の作業を施して残すものもあるだろう。

弊社でも当然とっくにこの作業に着手しなくてはならなかったのであるが、ごく一部を除き大部分(膨大な数のDAT、4/1オープン、カセットテープ)が手つかずの状態に置かれていた。(何たる怠慢)

今年は弊社法人化なんと20周年であるし(設立は27年前)、僕は今年で生まれ変わったので、こんな怠慢は許されない。

という訳で(ようするに暇っつーこと?)、今日から(思いついたが吉img_0924.JPG日、もしくは、善は急げ!!)、アーカイブ作業に取りかかった。

さてその第一弾は、1994年3月13日、長崎市公会堂にて行われた『普賢岳チャリティーコンサート』を、DATにライブ収録 したもの。(PHOTO)120分テープ3本、トータル4時間越えの大コンサートだった。

光栄にも、不肖、私めが、レコーディングエンジニアを担当させて頂いた。(ありがとうございます!!FM長崎様)

このライブ、 泉谷しげる氏を旗ふり役に、集まったアーティストの豪華なこと!!!

横道坊主、花田裕之、山下くみこ、さだまさし、忌野清志郎、 大友康平(ハウンドドッグ)、浜田省吾、吉田拓郎、南こうせつ、小田和正、伊勢省三、井上陽水、・・等・・・

fugen2.jpgという、恐らく、僕が生きている間には二度と経験不能と思われる、とてつもないメンバーが集った。

今から16年も昔のこと、僕もまだ怖いモノ知らずのバリバリの30代。依頼を受けて、当然二つ返事で引き受けた。ところが、なんとテクニカルミィーティングが行われたのが、本番前日の夕方という慌ただしさというより、むちゃぶり。しかも、出演者も完全には決定していなかった。

(実際、井上陽水さんはギリギリまで到着できるかどうか分からず、本番始まってからの到着だったような記憶がある)

それに、まずは、これだけのライブ録音を賄うだけの機材が揃うかどうかが大問題だった(何せ前日だから!!)。

結局我が社だけでは賄えず、何とか地元のPA屋さん(=サウンドプロさん。ありがとうございました田島さん!!)の協力で、夜中の12時過ぎまでかかって、プランを立てながら機材を集め、しかも、初めて使う機材は仕様書を見ながらプランを練り直したりして、本当に大変だった。若かったな〜(バカだったな〜)・・・

で、当日、朝9時入り。スタッフ総出で、せまーい三角部屋(知ってる人は知ってる、長崎市公会堂のせまーい部屋。) に、機材を詰め込み、積み上げ、ケーブルを這わせ・・・・

そうこうしているうちに、回線チェックになり、そのままリハーサルに突入。

それがなんと、バンドマスターに吉田拓郎(ベース・・何故?)、エレキギターギター・伊勢省三、アコースティックギター&バイオリン・さだまさし、アコースティックギター・南こうせつ&泉谷しげる&忌野清志郎、ドラムに大友康平&浜田省吾のツインドラム、ピアノ・小田和正という超豪華メンバーに寄るスペシャルバンド。このバンドで、それぞれがソロボーカルをとる。

(※個人的には、かつて愛奴?(あいど)というバンドでドラムスを担当し、吉田拓郎のバックもつとめたという浜田省吾のプレイを期待したのだが、過ぎ去った年月は、彼からすっかりドラマーとしての技量を奪い去ったのか、ドラムサウンドの殆どは、アマチュアバンド 時代ドラムを担当したと言う大友康平のものだった。・・・かなり、ちゃんとしていたばい。)※敬称略

とはいっても、普段はそれぞれが大将な人たちの上、得意でない楽器もある。中々まとまらないのがチョーオモロかった。

特にバンマスのワンマンぶりは群を抜いていたな〜(俺そんなのできねぇ、を連発するわ、カポつけてベース弾くわ・・・)

殆ど、高校生のアマチュアバンドと変わらない。すいません(誰に?)

しかししかし、それぞれの存在感たるや、当たり前だがとてつもなく、それぞれの持ち歌で一声発するだけで、一瞬にして世界が一変する様は圧巻だった。

その上、予想外のスーパープレイが聞けたり(小田和正さんの神の声コーラス!!!!!)

とにかく、リハのほとんどを、このスーパーセッションバンドに費やした。要するに練習していた。(笑)

(何と恐ろしいことに、結局、セットリスト(曲目表)等は一切来なかっimg_0933.JPGた。つまり、スーパースター軍団の気の向くまま、ということ。分かっていたのは出演順のみ。)

しかし、僕は、結構楽観的に構えていたのを良く覚えている。

そんなことより、こんな仕事をできる喜び(幸せ)の方が遥かに大きかったし、何といっても、すべてのアーティストの曲のほとんどをリアルタイムで知っている世代であるという強みがあった。

つまり、何が来ても、最初のワンフレーズで対応できる自信があったのだ。(若さゆえ!!)

ただ、不安だったのは、テレビ局が用意してくれたモニター用のTVが10インチのちっこいヤツで 、ステージ上の様子がよく見えなかったことだ。(これは最後の最後で、僕が唯一しでかしたチョンボに繋がる)

そして、いよいよ開場。待ちかねたファンが一斉に駆け込んできてあっという間に満席。そりゃそうだ、こんなメンツが一同に会するなんて、しかも、長崎に、・・・あり得ないもんね。

img_0934.JPG泉谷さんの登場で、一気にクライマックス。そのまま怒濤のエンディングまで突っ走ったのだった。。。。

※PHOTOは、この時、打ち上げ会場にて頂いたサイン。色紙を持っていなかったので、10インチオープンテープの箱に書いてもらった。社宝です。(よく見ると、二枚目に不適切な言葉が見える。横道坊主の義人の仕業やね)

誰もが素晴らしかったが、特に印象的だったのは、一人で約1時間も暴れまくってくれた故・忌野清志郎さん。

一人で、アコースティックギター一本で、会場全体を登場と同時に興奮のるつぼに叩き込み、緩急自在に引きずり回した。

曲も、決してテレビでは聞けない危ない内容のものばかりで、会場は爆笑の連続だった。

音楽界は、本当に惜しい人を失ったと思う。(心よりご冥福お祈り致します。合掌。。)

内容に関する話しは尽きないし、肝心の音源をここにアップする訳にも行かないので、ここらで終わりにして、いつものように、僕らしい話題で閉めよう。

そう、当日、どんなセッティングでこの大仕事に挑んだか、覚えている限り記そう。

まず、卓は、Sound Tracks  Solo-Midi  32inとSound Craft VENUE  32inの2台。

インプットは、マイク、ライン、エフェクト全部で64in、フルに使ったと思う。

エフェクトは、リバーブにSONY  DSP  R7、ROLAND RSP550、DEP-5 、の3台。Rolandの2台をドラムに、それ以外は、全部R7で賄ったと思う。DELAYにSDE3000、2000、の2台(これは殆ど使わなかった)、NOISE-GATEにBEHRINGER  XR2000を2台(二人のドラムのタムのみに使用)、COMPにBEHRINGER  MDX2000×1、DBX  160x×2、Drawmer DL-221×1  YAMAHA GC2020BII×1 EQにYAMAHA Q2031A、これくらいか? とにかく、コンプが足りなくで往生した記憶がある。

(結局、グループを1ch、リードボーカル専用に用意して、160Xをインサートし、リードホーカルを担当するマイクを、その都度放り込むという荒技で対処した。)

しかし、(Sound Craftを除き)なんとまぁチープな機材。よくがんばったよ! 俺!!(誰も褒めてくれないので自画自賛)
マスターテレコは、Sony DAT TCD-D10 PROIIを2台。つまり、アンビエンス(会場マイク)を含めて、2トラック一発録音を意味する。当時、これが地方の普通だった。(マルチ録音なんて予算的にまったく無理だった)

このテレコは、一台は、クライアントであるFM長崎様の為のもの、もう一台は、セーフティの意味を含めて我が社用に用意した。

あと、全国放送用(ニュース番組用にTBSが来ていた)にステレオアウトを一組 、アーティスト・チェック用(恐ろしいことに、録音は本番終了時にすべてアーティストサイドにチェックされた。怖ーーー!!!)カセットデッキを用意した。

放送は全部オンエアされたので、全アーティストからOKを頂けたと、勝手に解釈したい。

あっ、最後にやっちまったチョンボというのは、アンコールの一曲目で『雨上がりの夜空に』を、清志郎さんを中心にみんなで唄ったのだが、突然途中で、泉谷さんにバトンタッチした。

ところが、泉谷さんの声がものすごく小さい。フェーダーは全員分しっかり上がっている。どのマイクで唄っているのかさっぱり分からない。あわてて、どこにいるのか探しても、TVモニター画面も小さすぎてどこにいるのか分からない。

焦りまくって探しているうちに泉谷さんの部分は終わっちまった。(ここもしっかりオンエアされて、泉谷さんはPAエンジニアも興奮しちまったんだろう?なんて言って下さった。PAではなくRecordingなんすけど・・申し訳ありましぇーん・・・とほほ)

実は、泉谷さんは清志郎さんのマイクで唄っていた。(僕は、当然自分の(泉谷さん自身の)マイクで唄っていると思っていた)

ここに深遠なる理由がある。清志郎さん、全出演者中、最大声量の持ち主で、彼のマイクのゲインは他より相当小さかった。

つまり、他の人が、清志郎さん仕様のマイクで唄うと、当然かなり小さくなるのだ。これが理由だったのだ。 それくらい彼の声量は凄かったんです!!

長々と記してきたが、このライブは、僕にとって、エンジニアとして掛け替えの無い素晴らしい経験をさせて頂けただけでなく、日本の音楽史に残るような一夜に立ち会えた一人の音楽ファンとして、死ぬまで忘れることのできないものになりました。関係者の皆様、本当にありがとうございました。

そして、この素晴らしい1日は、僕の脳みそにも永久にアーカイブされたのだ。チャンチャン!!

久々の桃林&Superfly

9月 22, 2010 in blog

p6.jpg今日は、久しぶりに、嫁さんとホテル・ニュー長崎13Fにある、中華・桃林でランチを頂いた。

約三ヶ月ぶりの店内はすっかりリニューアルしていて様変わりしていた。

白っぽかった内装は、濃い色彩の重厚な感じになっていた。

メニューも一新してあって、僕らが好きなラーメンセットは無くなっていた。(ガックシ・・)

でも、かわりに『長崎伝統幕末セット』という、厳めしい名前のp7.jpgチャンポンセットがあったので、チャンポン好きの僕は、躊躇無くオーダーした。嫁さんは、平日限定ランチセット。

PHOTOにあるように、かなりのボリューム。チャンポンのスープは、まさしく伝統的な長崎チャンポンの味。多分、鶏だと思う。濃厚ながらあっさり、いうまでもなくとても美味い。

因に、僕は、新地の京華園、大波止の桃華園のチャンポンが好きだが、どこも味が違う。

共通するのは、しっかりした味ながら、あっさりしてるとこ。

torin.jpg具は、少なめの野菜にプリプリの海老が二尾乗っていて、これまたとても美味い。

麺は、ごく普通のヤツ。他に、カラスミをおろしやつが振りかけてあるチャーハンに、薄皮で海老すり身を包んであげたハトシ、デザートに杏仁豆腐と蒸しカステラと、盛りだくさん!!

とても美味かったっす!!! ごちそうさま!!!

嫁さんの方も、副菜が青椒肉絲と麻婆豆腐 で、どちらも、ものすごく美味かったけど、特に麻婆豆腐は、ちょっと特別な感じがした・・・・また食べたいね。

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昼食後、事務所に戻った僕は、これまた久々に新譜でも購入すべぇと、パソコンをON、Amazonへ直行した。

目当てのものは、JUJUの新譜。これは、今流行のカバーもので、ちょっと前にテレビで『Hello Again〜昔からある場所』(オリジナルはMy Little Lover)を唄っているのを聴いて、いたく感銘を受けたからだ。

※この曲は、たしか1995年頃に大ヒットした曲で、当時から素晴らしい曲だと思い(作曲は、藤井謙二&小林武史)、速攻コピーした記憶がある。

ただ、いかんせん、ボーカルが恐ろしく稚拙で、ボーカルさえ良けりゃーなー(何故か日本人は稚拙なボーカルを好む傾向がある・・・)と個人的に思っていた曲だった。

JUJUの新譜は、発売前だったので予約し、つらつらとその他を眺めていたら、ふと目に留まったというか、飛び込んできたのが、これ、

51j0bnnn0al_sl500_aa300_.jpg『Superfly』 の二枚組『Wildfliwer&Cover Songs;Complete Best』。速攻、購入。

理由は、言うまでもなく二枚目の洋楽カバー集。

内容がまた、ほれ、僕ら、リアルタイム70年代ロッカーにしてみれば感涙もののオンパレード。まだ、20代の彼らが、いったいどんな入れ知恵されれば、こんなマテリアルを仕入れることができたのか、おっさん不思議。

で、久々、You Tubeを漁ってみた訳さ。・・・・すると、こんなナイスなヤツ、見つけちまった。

前も言ったことあるけど、こんなにボーカルが素晴らしいと、バンドもノる訳で、ギターとか、久々聴くロックなサウンド出しててとてもGood。

一つだけ残念なのは、、絶滅寸前のロックドラマーの一人だと思う、中村達也のスネアの音がもう一つ。彼自身なのか、エンジニアなのかは分からんが、もっと分厚くてタイトだとサイコーなんやけど・・・・

という訳で、Superflyで『Free Planet』・・・・と、これを聴いて思い出した1970年代を代表するロックバンドの一つ、Deep Purpleの『Speed King 1970.TV Live』・・何となく似とるね。


便利屋 お元

9月 20, 2010 in blog

images6.jpg近頃の龍馬伝、というより、第三部、長崎が舞台になってから、急に面白くなってきた・・・

と、思っていたら、何なんだ昨日の展開。

その前の、薩長連合あたりからおかしくはなっていた。

いくらドラマとはいえ、まるで、龍馬なしには成立しないかのごとき展開。それほどナイーブなはずねーだろ、国同士が生きるか死ぬかという瀬戸際で。

良くも悪くも、龍馬は、一介の脱藩浪人なのであって、スーパーマンではないのだ。(晩年、龍馬は、この悲哀を思い知る事になる)

しかし、だからこそ魅力的なのだ。何のバックもなく己一人で起とうとしたところにこそ、龍馬の真骨頂があり、そこに俺らファンは喝采を送るのだ。

で、昨日。さらにおかしな事になっちまった。

images-13.jpg『霧島登山』・・・・何なん?これ?

塩浸し温泉〜霧島登山は、おとめ姉さんに送った手紙に詳細に描写してあったことも相まって、後に、日本初のハネムーンとして、非常に有名になったエピソードだ。

別に、ドラマの創作にケチを付ける訳じゃないが、とにかく陳腐すぎて共感できねぇのだ。

これは、お龍とともに霧島に登った龍馬が、頂上にある、その昔、神が国づくりに際して突き立てたという『天の逆鉾』を、そんな神話をものともせず、面白がって、お龍と共に引き抜いたという話が真実だ。

そもそも、カビの生えた伝説や、古めかしい常識を、ハナで笑って生きてきた龍馬にこそ、魅力があるのだ。(この逆鉾エピソードは、そんな龍馬を活写するものとして光彩を放っている。)

そして、だからこそ、混迷を極めた幕末に、明るい未来への松明を掲げる事ができたんじゃないのかい?

それが『これからは、わしがこの国を引っ張って行くがじゃ。』なん?この軽さ。つーかまるで普通じゃん。どこに龍馬らしさがある?

(らしさと言えば、お龍も実にらしくない。真木よう子さん自身は魅力的ではあるが、龍馬が感じた『実に面白き女にて』という面白さ(ある意味非常識さ)は、全くない。せいぜい、とても勝ち気だというくらい。)

images-2.jpgそして、長崎、丸山の芸妓、お元。

彼女の事は、茂木村(現在の長崎市郊外の茂木町。漁港。)の出身である事、当時、18歳くらいだったらしいこと、龍馬・後藤象二郎の清風亭会談に、龍馬のなじみ芸妓として同席したこと、くらいしか分かっていない。

それをいいことに、隠れキリシタンにするは、奉行所のスパイにするは、まさにやりたい放題。

そして先々週、唐突に、あまりに唐突に、嫉妬のあまり龍馬に身請けをねだったかと思ったら、さらに突然の池内蔵太(いけ くらた)のプロポーズ。しかも、それを意外にも嬉しそうに受けるお元。(誰でもいいんかい?!)

これじゃ、喜劇を通り越して悲劇だ。(お元が可哀想すぎて。せっかく、蒼井優ちゃんが演じているのに。)

死地に赴く池君を盛り上げるためにしても、唐突過ぎるし軽過ぎるし、何の効果にもなってねーし、頭、悪すぎんじゃね?

まさに、便利屋お元。バカにし過ぎだ。お元に対しても、志に殉じた池に対しても、視聴者に対しても。

images-3.jpgだいたい、この龍馬伝、以前から気になっていたが、龍馬サイドにいる人間に対して、美談にしすぎる傾向がありすぎる。

以蔵しかり、武智しかり、長次郎しかり。

以蔵は最後まで、イノセントなだけの青年だし、武智は、最後まで大殿様大好きで、容堂公お出ましに喜んじまって、あっさりゲロッちまうし、ありえねーだろって。その後の、凄まじい三文字割腹する男に、つながらねーだろって。

長次郎にしても同様だ。

あれだけ男どもがゴロゴロいれば、それだけで、意見が、志が、ぶつかりあって、火花散らして、ねじれて行くもんだ。

だからこそ、面白いんじゃん!! リアルなんじゃん!! 共感できんじゃん!!

それとは対照的に、反対サイドにいる人間に対しては、徹底的に悪に描いている。

マユなし慶喜に、殺人鬼・近藤 勇 (役とは別に、原田泰三君は、素晴らしい役者だと思う。)、アル中(これは事実)容堂に、いつも怒っている後藤象unknown.jpeg二郎。

分かり易くしなきゃいかんのは分かるが、薄すぎて、腹立ってくる。

ナビゲーター・弥太郎に至っては、新撰組に捕まって、拷問のあげく、重要人物として龍馬の名をチクっちまうなんて有り得ねー展開をみせるし。

大体、史実ではこの時期、二人は、まだ出会ってもいない。(この少し後、弥太郎は、土佐藩の経理担当として、龍馬は、藩お抱えとなった海援隊隊長として、長崎で、初めて顔を合わせるのだ)

それに、そろそろ、クライマックスになるであろう、龍馬暗殺の伏線が張られ始めているのが見え見えで腹立つ。

まず、会津藩(見回り組、新撰組)ライン、後藤象二郎ライン、マユなし慶喜ライン、西郷吉之助ライン・・・・こんなとこか。

さてさて、いかなる結末になるのか。しかし、期待できそうもねーなー、この脚本・演出じゃ。

まっ、そんなことはいいとしても、この龍馬伝を見ていて腹立つのは、実在の人物である坂本龍馬の本質を外しているという事。だからこそ、ストーリー展開に無理が出てくるのだし、共感できないのだ。

例えば、司馬遼太郎大先生の『竜馬が行く』が、何故、素晴らしいのか。

いうまでもなく、あの名著も、あくまでも小説ではあるが、その本質を外していないからに他ならない。

つまり、坂本龍馬という若者が、何故、一介の浪人でありながら、あれほどの大仕事を成し遂げられたのか、その人となりの本質を丹念に掘り起こしてみせてくれたからだ。

そこがブレれば話にならない。

そもそも、龍馬伝は、最初から、 平和主義の龍馬、けんかはいかんぜよ龍馬、優しい男龍馬、というイメージを作りすぎたところに無理がある。

だからこそ、間抜けな展開になる。

例えば前回、薩摩から、最終的には武力倒幕を捨てない旨宣言され、それを支持しないのなら舞台から降りろと脅されれば、あっさりと戦争参加を宣言し、社中の連中から猛反発を食らうという、アホ過ぎる展開。

龍馬自身(本音はどうあれ)最終段階に至るまで、革命のために戦はさけられぬと見ていた訳で、そのための軍備であり海軍だったはずだ。(抑止力であったとしても)

亀山社中発足時のビジョンにしても、平時は商いを、戦時は、海軍に(何のための神戸海軍塾だったのかつーはなし!!)と、はっきり定義していた訳で、連中まで平和病が伝染していたなど、ありえないのだ。

事実は、まるで逆なのだ。

images-5.jpegつまり、この段階では、龍馬も薩長とともに(中岡らも共に)、武力倒幕派として動いていた訳で、それが、ぎりぎりのタイミングで大政奉還などという起死回生の一打を打つところに、龍馬の本質が凝縮されるのだ。

いいさ、フィクションだからなにやっても。でもさ、感動させてくれよ、共感させてくれよ。

せっかく、ここんところ、役者陣は素晴らしくなってんのにね。実に残念。

これじゃ、俺たちが大好きな龍馬がピエロになっちまう。

ご無沙汰です

9月 13, 2010 in blog

ご無沙汰しておりました。

約二ヶ月ぶりの更新です。別にさぼっていた訳でもネタがなかった訳でもなく、よんどころない事情がありまして・・・・別に何のやましいこともないのですが(ここに記すようなことではないので)・・・

まっ、しっかり生きております。

これから、また、以前通りやって行きますので、今後ともどうぞ宜しくお願いしまーす!!

さて、今日のお題はこれ!!(PHOTO-1)いつもの好き者の世界だす。

ts3n01040001.jpg

何かつーと、PreSonus Fire Studio Mobile。いわゆるオーディオインターフェイスつーもんですな。

で、そりは何? つー人もおられると思うので軽く説明。

簡単に言うと、マイクやギター等の楽器のサウンドをパソコンに取り込むため&パソコンのサウンドをアナログでアウトするための機械だすな。

こいつは、我が社の新兵器でありまして、ただもんではござらぬ。

わずか15cm×15cm×5cmくらいの小さな駆体に、アナログ8inをFire Wire(IEEE 1394)で、4グループにてパソコンに取り込み、4グループに分けてアウトできる。

例えば、ボーカルマイク一本と、エレアコのラインとステレオのキーボードラインを同時に別々のトラックに録音できたり、ライブ時に、PAミキサーのステレオラインアウトと、会場に立てたアンビエンス・ステレオマイクをそれぞれ別のトラックに録音できるつーことだすな。

これだけのモリモリ内容の上、肝心のMic Amp、AD/DAのクォリティに手抜きなし。駆体も、有りがちな樹脂製ではなく、しっかりしたアルミ製。 勿論、XLRコンボ(ハイインピーダンス)入力にファンタム付き、電源もバスパワーとパワーサプライの2Way、その上安い。。。。好きだ。。。

なんとスバラシ!!

勿論、我が社には大規模録音に対するインターフェイスはある。

しかし、ミキサー+HDRもしくは、ミキサー+Mac G5+インターフェイスと、何ともフットワークが悪かった。そこで、今年のテーマ!!(つーか来年にまたがる?!)は、モバイル!!

マイク一本1トラックから、16トラックまで、MacBookとほんの両手で持てるくらいの機材+αで実現しちまおう、というのが目標だ。既に機材選定は終わった。

実現すれば、クラシック系は勿論、バンド物も、3リズムならピシャリだろう。
しかも! 以前のようにワンボックスカーなど必要なく、普通のライトバン一台で楽勝だ。

その第一弾が、これ! PreSonus FireStudio Mbileという訳だ。(PHOTO-2 実験中のセット)

ts3n01020001.jpg

MacBookにDigittal Perfomerのセットで使用している。何の問題もなく使える。

FireStudio Mobileには、Studio Oneという良さげなDAWも添付してあって、当然イントール済みだが、まだ、全然慣れてないんで、使い慣れたDPで取りあえずはやって行くつもり。

DAWつきもののレイテンシー問題も添付のソフトミキサーで簡単に解決する。

まずは、今月末から再開する大学の授業で使っていこうと思っている。

PHOTO-2のセットなら、バッグ一つで持ち運べるのじゃ!!!

既に、バックミュージック(いわゆるカラオケね)は、仕込み済みなので、このセットで生徒たちのボーカルをレコーディングやっちまおう計画なのだ!! 待っとけよー!!