Archive for 9月 12th, 2009

 

くんち

9月 12, 2009 in blog

090730_132401.jpg今日は久々の雨。気温もぐっと下がって、いよいよ秋かな〜っという感じ・・・・

ランチは、最近できた市立図書館の真ん前にある『川瀬』。

ここは、本来きしめんの店で、最初の店は銅座の真ん中にある旧東館ビルの1Fにあった。(今もあるのかな?)30年位昔の話だ。飲んだ帰りによく行ったもんだ。。。。。

僕はここでうどんを食う。実に美味い。何と言っても出汁が美味い。(PHOTOは撮らなかったので、以前撮ったきしめんを載せた)

僕のソウルフードである松乃家のものとは随分違うが、これも大好きな味だ。

セットで付いている炊き込みご飯も美味い。それに安い。(定食550円)

麺は細めで柔らかい。ここが、他所の人と大きく意見が別れるとこやね。

うどん所である大阪人と、昔、麺の固さで言い合いになったことがある。

大阪人曰く、長崎のうどんは腰が無い。我曰く、うどんに腰なんざ無用。

僕が思うに、長崎人にとってうどんとは離乳食なんだな〜・・・・

まっ、また近くに美味い店が増えたということでありがたし!!

閑話休題。。。

motofuna_thumb.jpg長崎くんち・・・・長崎人にとって、その名を聞いただけでアドレナリンが吹き出す特別な行事だ。(PHOTOは、唐人船)

というか、子供の頃は行事の中身というより学校が半ドンになって、いつもはケチ腐れのおふくろさんが何故か気前よく小遣いをくれる子供にとって天国のような三日間だった 。

しかし、我が家は僕が小学校から中学にかけて踊り町の外で暮らしていたし、転勤族 でもあったので、参加なんて話は遠い異国の出来事だった。

それが不思議なもので、年を重ねる毎に、何故か毎年のくんちの出し物が気にかかるようになり、気が付けば、くんちの日は早起きしてテレビにかじりつくようになった。

よくよく考えれば、僕の生まれた伊良林町や高校時代をすごした銀屋町(古川町)、音楽活動に明け暮れた青春時代に暮らした樺島町や籠町、そして、スタジオと事務所のある元船町。 すべて踊り町だから、少しは縁もあったのだろうけどね。。。

出し物をよく見ていると、何と高校時代の同級生の顔を発見したりもして、さらにボルテージも上がるのだ。

そんな僕が、ひょんな事から参加する事になった。といっても、決してねじり鉢巻締めて担ぎ手になったり、はたまた着物を着て踊ったりするはずもない。

僕は僕らしい役割で参加させて頂く事になった 。

img_0667.JPGそれは、レコーディングだ。

僕は知らなかったが、我が元船町は今年踊り番なのだ。出し物は唐人祭。内容は、唐人船と明清楽による踊り。

そのうち、僕が担当するのは明清楽のレコーディングなのだ。

編成は、二湖?(にこ)が一つ。月琴(げっきん)が五本。バチでたたくカタカタいう太鼓のようなもの一つ。それに横笛が一本。

和やかな中にも古典芸能らしい緊張感があって、僕には似合わないが身が引き締まる思いだ。

とりわけ月琴の音量が小さく、録りには苦労するかも? チャレンジだぁ〜!!

難しければ難しい程燃える性質なのです。。。。。M?

(PHOTOは、お旅所の石畳の上で稽古する皆さん。横笛の方、正座で痛そう)

月琴は江戸時代に清(中国)から入ってきた楽器で、あの坂本龍馬の奥さんであるお龍も習っていたものだ。

これらの楽器が奏でる明清楽に乗って日舞を踊るのだ。まさに、和と華が融合する長崎らしい芸だと思う。

日舞の先生は、藤間金弥先生。 何と11年ぶりの再会だ。先生とは『長崎時空漂流記』で、大変お世話になったし、明清楽の指導をされている山野先生とも、かつてご一緒させていただいた旧知の間柄だった。

お互いに、長崎は狭いですね、と言い合って笑った。

そして一番のサプライズは、ここに僕を連れてきた人。

金弥先生でもなく山野先生でもない、まったく面識の無い方だった。

人づてに僕を知り、電話をかけてきたというのだが、後日判明したその素性がとんでもなかった。

お名前を、T・K太郎さんとおっしゃる、知ってる人は知ってる世界デビューも果たした某有名ユニット(P-5)のメンバーだった方なのだ。

昨年末、訳あって帰郷してきたということだ 。

そこで、旧知だった金弥先生の計らいで、何と言えば良いのか、一種の音楽ディレクターというかコーディネイターというか、そんな役割を担当されているらしい。

因に、同じ高校の一年後輩だ。いやー、人生って何が起こるか分からんね、おもろっ!!