Archive for 6月, 2008

 

浜スカ!!

6月 30, 2008 in blog

昨日は、浜スカだった。これは、6月から始まった浜の町のイベントだ。

僕は隔週でPAとブッキングを担当していて、昨日はその初日だった。

土曜は凄い雨で、日曜当日も朝まで降っていた。

しかし、そこは晴れ男の俺様なので、仕込みが始まる10時頃にはすっかり上がっていた。

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会場は浜の町商店街の観光通り。所謂アーケイドの中だ。

舞台背景も兼ねた立て看や、お客様用のパイプ椅子も、皆さん自ら運んで頂いたりと、商店街の方々の手作り感に溢れた温かいイベントになった。

今日のゲストは長大スウィングボートの期待のバンド『ING roove Jazz System』だった。

30年近く長大のバンドを見てきたが、全員中々のレベルだと思った。オリジナルだしね。

特に、ツインベースがカッチョ良いね。ウッベに6弦ベース?。

バンマスでもあるウッベ君は、さすがにバンマスらしくしっかりボトムを支えていたし、6弦 は、まるでナイロン弦ギターみたいなサウンドで華麗なプレイだった。

ゲストだと思われるボーカルもキュートな声だった。

今後も期待できるバンドです。応援してあげて下さい。

さて、僕の次回7月13日の担当は、『カリン』さんです。

彼女とは、20年来の知り合いでもあるのだが、正直、ここまで凄いシンガーになるとは想像していなかった。(失礼! かりんちゃん。)

現在、彼女は東京の事務所と契約しているプロのシンガーだ。

彼女の魂の歌、ご期待あれ!!!

祝!!! ヒストリーBOX発売。鈴木 茂様

6月 16, 2008 in blog

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商品の説明
内容紹介
鈴木茂クラウン・イヤーズ・ソロワーク集をBOX仕様にして発売。今BOXの最大の目玉はディスク6の完全未発表ライブ音源!プラス、ディスク1「BAND WAGON」が裏目玉で、何と、当時サブマスターとして保管されていたマスター・テープ(未使用!!)を遂に開封。必聴です!!
【ディスク6詳細】
1. スノー・エキスプレス/2.100ワットの恋人
from エフエム東京「週刊FMサウンドスペシャル」(1975年4月6日放送)未発表


19.スノー・エキスプレス
Live at TIN PAN ALLEY(2005年11月14日 於・長崎)未発表

アーティストについて
ギタリスト、アレンジャー、音楽プロデューサー。日本で最初の”日本語ロックバンド”と言われる伝説のバンド<はっぴいえんど>(大滝詠一/松本隆/細野晴臣)のメンバーとして活躍。バンド解散後、単身LAに渡り名盤と誉れ高い「BAND WAGON」を完成させる。その後、<ティンパンアレイ>(細野晴臣/林立夫/松任谷正隆)のメンバーとして数多くのセッション活動を重ねる。2003年、再び自らのバンド<鈴木茂BAND>を結成し、活動。並行してソロ活動も行い、2008年4月には「BAND WAGON 2008-Special Edition-」「LAGOON 2008-Special Edition-」を発表した。

・・・・・以上、Amazonさんより拝借いたしました。

鈴木様のことを、私などには語る資格何ぞありはしませんが、上記を補足するのであれば、松任谷由実のほとんどの作品(特に前期)や松田聖子等の作品で、その素晴らしいギタープレイを聞く事が出来る。・・・

彼の名前は知らなくても、ほとんどの日本人は彼のギタープレイを聞いているはずだ。
紛う事無き、日本を代表するギタリストの一人なのだ。

で、それがなんだっつー話だが 、このニュースこそが先日(5月29日)、ここで書いた大ニュースなのだ。

記念すべきボックスセットの6枚目、さらにそのオーラスを飾るナンバーのクレジット。(上記参照)

そう、 “ Live at TIN PAN ALLEY(2005年11月14日 於・長崎)未発表” と、ある。

なんとなんと!! このライブサウンドをミキシングしたのは、不肖松尾宗人、わっちでありんす。

そーなのじゃー!!! なんと、メジャーから発売されちまったのじゃー!!!

分かりやすく言おう。

2005年11月14日、旧いバンド仲間である近藤氏が経営する長崎市のライブハウス“ティン・パン・アレイ”の、1周年記念ライブ“鈴木 茂バンドLive”が開催された。このライブハウスの音響プランニングを担当した僕は、ゲストライブのミキシングも数多く手がけていた。鈴木さんのミキシングも、近藤氏の依頼で担当したのだった。

で、その際、鈴木さんから、ライブミックスを録音しておいてくれ、と頼まれたため、いつものようにアンビエンス(客席の音)と混ぜて、ダイレクトに2ミックス録音し、後にCDに焼いてお渡ししたのだ。

つまり、わしのPA仕事そのまま、が、この鈴木 茂ヒストリーの中に入っているのだ。
もちろん、東京のマスタリングスタジオで入念なマスタリングが施されたのに違いないとはいえ、

なんたる名誉、何たる喜び。

興味のある人も無い人も、どしどし買ってくださ〜い!!!!

この仕事を始めて今年でちょうど25年。素晴らしい25周年の記念になりました。

こんな西の果ての地方都市でも、がんばっていれば何か良い事あるもんです。家宝にしまーす。

ありがとうございます、鈴木 茂様、及びスタッフの皆様。そして、我が旧きバンド仲間、長崎ティンパンアレイのオーナー、近藤 聡とスタッフの皆様。アンド、これまで出会った全ての皆様。そして、僕の家族。

今後とも、さらに精進して参りますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

13日の、

6月 13, 2008 in blog

金曜日なんだな今日は。

そのせいでもないだろうが、朝から疲れる事があった。

もともと僕は忘れっぽい。それこそ物心付いた時からの筋金入りだ。

小学校時代には、ランドセルを忘れて登校した事さえある。しかも二度もだ。

今でもお袋は、僕のガキの頃のエピソードを語る時、一種の落ちのようにこの話をする。何故か嬉しそうに。

で、今朝。・・・・僕は、某駅ビルへCDを買いに行った。

買うものはほぼ決めてあったので、さくさくと選びレジへ。

パッと置いて、さっと財布を出す・・・財布を・・・さっと・・???

無い?・・・・えっ?・・・なじぇ?・・・

忘れた。・・・・どこに?・・・・

不幸中の幸いは、自宅にではなく、その前の会社に忘れた事だった。

そう、昨夜から忘れたままだった。さすが俺!。

駅から会社へは近い。

080614_113101.JPGが!!しかし!!?・・・・さらに不幸の追い討ちが、最近駅ビルには駐輪場ができた、 有料の。

つまり、出せないのだ。バイクを。・・・そう、徒歩だ。徒歩で会社、駅間を往復だ。トホトホと。・・とほほだ。

まっ、このくらいの不幸でやり過ごせたわけだから由としよう。

なお、この時買ったレコードは、カーペンターズ・ベスト(なんとカラオケ付き。だから買った。)、今、話題のスーパーフライのハイファイブのシングル。これは、イーグルスのデスペラードをカバーしてるっつーんで買い。ボーカルは素晴らしく伸びやかだったたけど、やはりこの歌には哀愁が必要ですな。十年後が楽しみだす・・・

で、ラストが、御大ボブ・ディランのベスト。やはりこの人の詩の世界は別格なんだす。
忘れがちだけど、勿論のこと曲も素晴らしい。詩が凄過ぎるのと、歌声が個性的過ぎるせいで語られる事が少ないけどね。ジョン・レノンに詞・曲両面で多大な影響を与えた人でもある。


真打ち登場!! エンジニアとして影響を受けた名盤シリーズ No-3

6月 05, 2008 in blog

cimg1005.JPG今日の名盤は、まさに名盤中の名盤。ロックの歴史をひっくり返した作品だ。

本来なら、このシリーズのトップにこなければならないのだが、なんせ、行き当たりばったり書いてるもんでね・・

『サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド』1967

アーティスト  ザ・ビートルズ
プロデューサー ジョージ・マーティン
エンジニア   ジェフ・エメリック
スタジオ    EMI アビーロードスタジオ(ロンドン)

写真は、なんと発売当時のままのアナログレコード盤だ。よ〜く見ると2000円とある。
これは、親戚のお兄さんに、随分後に譲ってもらったものだ。
しかし、きれいに持ってたもんだ。やっぱ、これは特別だったからね。

いつ聴いても新たな刺激を与えてくれるこの作品が制作されたのは1967年のこと。僕はまだ小学生で、海の向こうで起こった歴史的大事件のことなど知る由も無かった。

僕がビートルズを初めて知ったのは、その前年の1966年、彼らが初めて日本へ来た時だ。

白黒テレビの中で、おかっぱ頭の目のギョロギョロした変な外人が、女の子にきゃーきゃー叫ばれているニュース番組の一コマだった。・・・そう、彼らの来日は、まさに事件だったのだ。

それを、昭和4年生まれのうちのオヤジが、苦虫潰したような顔で、何やらののしっていたのを覚えている。

次に彼らを意識したのは、小学4年生の時、(1969年)親戚のお兄ちゃんの部屋で、オブラディ・オブラダ(シングル)を聴いた時。とにかく気に入り、何十回もリピートして聴いた。

恐らく、サビが♪オブラデ ・オブラージャー♪と聞こえた為、バカでませたガキだった僕は、きっとこれはブラジャーの歌だ、とでも思ったのに違いない。

B面は『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』だったのだが、情緒を理解できるような感性を持ち合わせていなかったためか、一聴してなんて暗い曲、と思い、二度と聴く事は無かった。

そんな僕も中学生になり、いつしか熱狂的なビートルズファンになる。きっかけは友達だった。

F君というクラスメートが、それまでほんのビギナーレベルのファンだった僕に、半ば強制的にビートルズのレコードの数々を聴かせてくれたのだ。

やがて僕らはバンドになって行く。
・・・・・F君はどうか知らないが、僕自身は、バンドやれば、ビートルズのように女子にモテる、なんて思っていたのだ。

F君・・・・・今ごろどうしてるんやろう?  現在の所在は全くわからない。

さて、本題だ。

本作『サージェント・ペパー』を初めて聴いたのも、中学の時だ。勿論、その時すでに、このアルバムがロックの歴史を塗り替えた革命的名盤である、という評判はすでに知っていた。

しかし、正直に言えば、それが一体何を意味するのかは、さっぱり解らなかった。
もちろん好きな曲は何曲もあった。特に、“ア・デイ・イン・ザ・ライフ”の、美しさと不条理が同居した素晴らしさは、まさに天才の仕事というしかない 。

が、楽曲やサウンドにおける革命は、すでにラバー・ソウルから始まっていた、 いや、正確に言えば、それはデビューと同時に始まっていたし、何も、このアルバムが特別な事ではない。

彼らにすれば、単にこれまでやらなかった事、をやったのに過ぎないのだと思う。

しかも、それは同時に、音楽を創る、生み出す、というシステムそのものの革新を意味していた。

確かに、これらの革新の頂点にあるのが、この作品だといえる。
技術という側面から見ても、現在のロックレコーディングの楚となる技術の粋がつまっているのだ。

当時あった機材といえば、マイク、コンプレッサー、イコライザー、エコー、テープディレイ、テープレコーダー、卓・・・・これくらいしかない。しかも、当時のスタジオは様々な制約にがんじがらめだった。
(例えば、エンジニアは、マイクをセットする人、卓を操作する人、テープレコーダーを操作する人、それぞれ別で、互いの職域を侵す事は厳しく禁じられていた。なんと、マイクの音源からの距離すら規定されていたらしい。)

にもかかわらず、 これらの制約や因習をことごとく打破しながら、限られた機材でアイディアを具現化していったのだ。

言い換えればこのアルバムは、これまで完全に影の存在だったエンジニアの姿を、初めて浮き彫りにしたとも言えるのではないだろうか?

それまでのレコーディングエンジニアというのは、いわゆるバランスエンジニアとも呼ばれ、マイクのバランスを取ることが、その仕事のほとんどであった。

ところがビートルズ革命は、スタジオの隅々にまでその触手を拡げていった。

若きエンジニア達も、ビートルズが投げつけるボールにすかさず反応する。物凄い豪速球もある、時にはとんでもない暴投すらあったろう。しかし、それに食らいついていくことで化学反応が沸き起こっていたのが、ビートルズのレコーディングなのだ。

有名なエピソードだが、『トゥモロウ・ネバー・ノウズ』のボーカル録りの際、ジョンが要求したのは、

『山のてっぺんから、ダライ・ラマが唄っているような感じ』だった。

これに対してエンジニアのジェフ・エメリックが出した回答が、ボーカルを、本来オルガン用であるレズリースピーカーに通す、というアイディアだった。

これとは逆に、ジェフ・エメリックが、初めてビートルズセッションのチーフエンジニアとして呼ばれた日に、彼から、ビートルズへ挨拶代わりの豪速球が、それまでEMIスタジオではタブーとされていた、近接マイクとオーバー入力しリミッティング処理を施したドラムサウンドだった。

彼は、これらの作業を誰にも告げずに(ジョージ・マーティンにさえ)こっそり行ったという。
まさに、人生を賭けた勝負に出たんだな、ジェフ君。

・・・・結果は、リンゴのこの言葉だ。

『俺のドラムにどういう手を使ったんだ? むちゃくちゃ最高じゃないか!』

いたく感動したメンバーは、即日、彼のチーム入りを承認したという。

現在では当たり前である、エンジニアも作品作りに参加するという作業環境も、彼らが生み出したといえる。

このように、エンジアサイドから見た場合も、恐らく録音史上最大の革命を起こしたのはビートルズ であろう。

そういう意味では、まさに神のごとき作品なのだ。

(今でも僕は、アイディアに詰まると、このアルバムを聴く。
ア・デイ・イン・ザ・ライフが終わる頃には、なんかまた元気を貰えるのだ。)

さらには、それまでの1曲毎に独立した作品の寄せ集めだったアルバムを、一つの流れとして(まるでクラシックのように)構成したり。・・・・ いわく、世界初のコンセプトアルバムである、とかね。

実際サージェントペパーは、当初はそういう風に考えられ、最初の2曲は、そのコンセプトに添って創られたらしい。しかしその後、そのコンセプトに飽きたメンバーは、いつものように各自別々に作品を持ち寄ったという。

ところが、そこに魔法は起こる。

各自バラバラに持ち寄ったはずの作品が、曲間を無くして並べてみると・・・
なんと不思議な事に、初めからそうであったかのように、各曲が関連性を持って息づいていたのだ った。
天才の仕事とはかくある、ね。

しかし、本当の意味で彼らがこの作品で起こした革命は、そんな表面的な事ではないのではないか。

ポール・マッカートニーは言っている。

『僕らがペパー軍曹のバンドに扮装する。つまり、アルバム全体で違う誰かになりすますってわけだ。歌う時も、ギター弾く時も、何やってもいいんだ。だって、自分じゃないんだから。』

アーティストの本分は、自分自身をさらけ出す事にある。ポールの言葉は、一見、これと逆行して見える。
同じ頃のジョンの言葉だ。

『アーティストとして、僕は常に一番リアルな自分を表現しようとしている。自分自身をさらけ出そうとしているんだ。』

ポールが意識していたかどうかはわからないが、この、他人になりすます=他人になりすましてでもやりたかった事とは何だろう? さらには、他人になりすまさなきゃ出来なかった事って?

考えてみれば、当時のビートルズというのは、まさに不世出のアイドルであり世紀のスーパースターなのだ。
スケールがはなはだ小さくなるが、日本で例えれば、スマップのごときもんだ。

そのアイドルが、突然、ツアーはやらない、TVには出ない、その上、他人になりすまして音楽を作ろう、というのだ。1歩間違えれば、芸能界転落だ。

そんなリスクと引き換えてでも、とことんアイドル・ビートルズ、スター・ビートルズ、から、脱出したかったのだと思う。

・・・つまり、自分じゃない=ビートルズじゃない=本当の自分・・

逆説的ではあるが、究極の自分自身というか・・
そして、本当の意味でのアート、すべてから解き放たれ=何をやってもいい作品創り、をやりたかったのだ。
まさに、作品力のみで勝負に出たのだ。

そのためには、スーパースターである自らの名前さえ邪魔だったのではないだろうか?

この精神性の高さこそが、全世界の若者たちを奮い立たせたのだと思うし、未だに新たな刺激を喚起するのも、このためだ。

ビートルズはこの作品で、ロックも人間が生み出した素晴らしいアートの一つである、という事実を、高らかに宣言したのだ。(因に、この作品に関わったメンバーは、ジョージ・マーティンを除き全員20代。)

※ それまでロックは、子供だましのがん具同様の扱いだった。

この影響をまっすぐに受け、ほとんどそのまま実行したスーパーグルーブがいる。

レッド・ツェッペリンだ。

前回の名盤シリーズで取り上げた、彼らの4枚目こそがそれだ。
この作品には、タイトルは勿論の事、アーティスト名さえない。

この『サージェント・ペパー・ロンリーハーツ・クラブバンド』には、あらゆる“我”から解き放たれる事こそが、本当のアートだというメッセージが詰まっているのだ。

いよいよ・・・

6月 02, 2008 in blog

梅雨・・・つゆ・・ツユ・・・・ですな・・・・

梅雨は嫌いだ。でも、我々日本人が、生きる為には無くてはならぬものでもありますな。

我々の仕事も、できうるならば、人々にとって欠くことのできないものでありたいものです。
・・な〜んてね。別に雨だからしんみりしたわけでも無いが・・・

ところで、一昨昨日上がった 曲は、早速MP-3にしてメールで送って聴いてもらった。
翌日早々連絡があった。

・・・・・・一発OK頂きました。アザーッスッ!!!!

気分が良いとおかしなもんで、その電話を切った直後に、新たなアレンジが浮かんだりして、振り付けにも影響するので、早めに作って送らなければね 。

一昨日は、午前6時半から働き、昨日は2現場だったけど、夕方6時にはすべて終了したので早く寝た。

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今日は、たいして何もない。
・・・ので、唐突に『愛機シリーズ』復活。

またしても、ワカル人にしかワカラナイシリーズですんません。

で、今回のゲスト=僕の愛機シリーズ#17は、あのっ、あのっ・・・・AVALON DESIGN Vt 737sp

こいつは何者かっというと、いわゆるチャンネルストリップでして、ヘッドアンプ+コンプ+EQ、つまり、マイクで拾った音が、レコーダーに入るまでに必要なもの全てが入っておる代物ですな。

いわば、コンソールの一チャンネル分を抜き取った、という意味で、チャンネルストリップと呼ばれておるわけ。こいつと良いマイクがあれば、取りあえず間違いの無い音が保証されるというわけだ。

で、このAVALON=アバロン、というメーカーが凄いんだな。

一昔前、オーストラリアで一人こつこつとヘッドアンプなんかを作っていたおっさんが、この業界で一旗揚げるべく、アメリカへ行き、直接有名スタジオへ赴き実物を使ってデモしたんですな。

その結果、耳の良いアメリカのスタジオエンジニアやオーナーに気に入ってもらい、瞬く間に業界定番機の地位を手に入れたのだった。・・・・まさにアメリカンドリーム。

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この737spは、そんなアバロンから出た、初めての(確か?)チューブを使ったヘッドアンプ、という触れ込みだったと思う。

サウンドは、球を使っているだけに、どちらかといえばまろやかなのだが、決して歪む事は無く、いわゆるビンテージ風の味付けは一切ない。EQも、いわゆるアバロンらしい、非常に切れのあるハイファイなものだ。

※・・・・因に、球を使っているのはヘッドアンプのみらしい。

面白いのがコンプで、一切の色、癖を排除した、徹底的にナチュラルさを追及したものになっている。

つまり、いわゆる圧縮感であるとか、潰れ感であるとか、のコンプらしい癖が全く無い。
ただ、ひたすら自然にレベルを抑制してくれる。このコンプは、オプティカル方式を採用している。

ボーカルなんかでは、使っている事がわからないほどだが、レベルは、まるで壁のごとくビシッと止めてくれる。
コンプらしい癖を求める向きには、まったくお呼びでないかもしれないが、自然でまともなサウンドは、それ以上に必要なので、プロ御用達なのであろう。

しかし、いつも思う事は、音の良いものはルックスも良い。もちろんこいつも例外ではない。

いかにも高そうなアルミ無垢のツマミ類に、分厚いパネル。大きく精度の高いメーター。・・・そして重い。

オーディオ機材は昔から、音の良い=重い、のである。

もう、手に入れて、5〜6年ほど経つが、一切の不具合どころかガリ一つ無い。・・・さすがだね。

僕は、ボーカルやナレーション、アコースティックギターはほぼ100%、ベースは音楽によるが、7〜8割は、こいつのお世話になっている。 まさに愛機の中の愛機だ。

しかし、我がスタジオには、まだまだ入ってもらわなければならない、古今東西の名機達がめじろ押しだ。

いよいよ気合いを入れて頑張るべし。