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エンジニアとして影響を受けた名盤シリーズ No-1

4月 08, 2008 in blog

今日もほんわかした春真っ盛りですな。明日は雨らしいけど。
今年も、花見に行けなかった。つーか、これまで一度も行った事ない。
(小学生の頃、花見の季節に家出した事はある。)

今日も、会社に来る途中、ゴザを抱えた若者集団を見た。
きっと行くんだろうな、花見。

そんなこととは全く関係ないが、いい加減機材の話にも飽きたので、ちょっと横へ置いといて(まだまだ続きますよー愛機シリーズ!!)、今度は好きなレコードの話でもすんベ、と思う。ただし、ただ好きなものでは限りないので、ここでは、エンジニアとして影響を受けた、つまり、サウンドのコピーを試みたりした事のあるレコードに限定したコーナーだ。

その栄えある一回目に紹介したいのはこれだ。

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No-1 Hall & Oates 『Big Bam Boom』 1984

アーティスト:  ホール&オーツ
プロデューサー: ホール&オーツ
ボブ・クリアマウンテン
エンジニア:   ボブ・クリアマウンテン
スタジオ:    パワーステーション(ニューヨーク)

このアルバムは、当時、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで売れていたホール&オーツが1984年に発表したものだ。
この前年にエンジニアの仕事を始めていた僕は、日々、サウンドの研究に余念の無い頃だった。
ホール&オーツは、81年のビッグヒット、『キッス オン マイ リスト』で知り、その後ずっと注目していたグループだ。
フィラデルフィアサウンドをルーツに持ち、そこに、ニューヨーク的ジャジーさを加えた、都会的で洗練されたポップス感覚が支持されていた。

さて、そんな中、このアルバムは、当時これまた大注目されていたエンジニア、ボブ・クリアマウンテンが参加するという事で、期待は最高潮だった。お世話になっていた制作会社パパズミュージックのスタジオで初めて聞いた。まだ、LPレコードだった。
聞いた感想は、とにかく“カッチョエー”の一言だ。この頃僕は、エンジニアとして勉強の為に片っ端からレコードを聴き漁っていた。そんな中で、まさに教則盤としてピッタリだと思ったのが、このアルバムだ。

というのは、このアルバムには有りとあらゆるエフェクツテクニックが詰まっている。ド派手なサウンドメイクの塊なのだ。
この時代、まさにエフェクター時代、あるいはエンジニア花形時代といってもよく、出始めたばかりのデジタルディレイやデジタルリバーブ等のデジタルエフェクツをいかに使いこなすかがサウンドの鍵だったのだ。
もちろんそんなことより、もっと大事なサウンドの基本というものがあるのであるが、それに気付くのはもっと後の話だ。

一曲目からボブクリ節全開だ。リズムマシンに数種類のリバーブを掛け、サンプリングでリズムを構成しただけの曲だが、なにしろカッコよい。終わり際の、ボーカルに掛かったステレオディレイも、ダイナミックなボリューム操作で驚かされる。

ボブクリといえば、ボーカルに掛かった複雑なディレイと、非常に特徴的なドラムサウンドが印象的だ。
ドラムへのこだわりは相当なもので、スネアは、ボブクリ持参のものをドラマーに使わせていたほどだ。
(ラディックのスティールらしい。)
僕自身の印象は、何しろステレオ空間の使い方の上手い人だという事だ。ステレオに拡げるものと、モノラルで使うものの判断が、クリアで主張がある。その上で、左右だけでなく、上下、前後へサウンドを的確に配置していっている。ここの部分が、実は一番影響を受けた。ドラムとベースとボーカルのバランスが、とてつもなく素晴らしい。
それと、何といってもドラムサウンド処理のカッコ良さだ。
基本は、しっかりコンプレスした生音。とにかく音が良い。そして、この時代特有の強力なアンビエンス。アンビエンス自体はツェッペリンに代表されるように、特別新しい音ではない。
が、彼は、技術の粋を使って、それを洗練して見せた。オンマイクの音に、強力にコンプレスした上でノイズゲートで余韻をカットしたアンビエンスをプラス。この時代のストレートなビートと相まって、とてつもなくカッコよかった。もちろん世界中で流行りまくった。流行り過ぎて、今や誰も使わないのが悲しい。

このアルバムの中で 、特にエンジニアとして印象的な曲が、5曲目の『Some Things Are Better Left Unsaid』だ。

曲としては他に好きな曲があるのだが、とにかくサウンドが懲りまくっている。ディレイにリバーブにテープ逆回転リバーブ。極め付けが、曲の途中でリズムマシンから劇的に変わる生ドラムの凄まじいアンビエンスサウンドだ。

この時代を代表したパワーステーションスタジオそのもののサウンドだ。

※1980年代、ボブクリを初めとするスターエンジニア軍団を擁し、世界的な大ヒットアルバムを連発したパワーステーションスタジオも、やがて時代の変遷に呑み込まれ閉鎖の憂き目に遭う。・・・・まさに無常。
因に、当時のオーナー・エンジニア、トニー・ボンジョビィは、あのジョン・ボンジョビィの伯父で、若きジョンもスタジオで使いっぱしりをしていたらしい。

僕自身にとって、時代を代表するのみならず、エンジニアとしてスタートした頃の教科書のようなレコードなのだ。