Archive for 1月, 2008

 

僕の愛機シリーズ#8 SHURE SM57-LCE

1月 31, 2008 in blog

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今日、例のパーカッショオナニスト・竹○“小さいのにね”○

匹君が、関東へ帰った。
昨日、新地の中華街でチャンポンを食べたというので、それならということで、新地の“京華園”に、チャンポンを食べにいった。(写真のチャンポンは、食べかけのを慌てて撮ったもの)

※写真を見ると、昨日とほぼ同じで愕然とする。 見た目同じだが、味は違うのだから由とする

決して、嫌がらせではないのだ。○匹君が、『○○○で食べた』というので、『もっとうまいとこあるぞ』と言うと、『ぜひ』となって、こうなったのだ。

コードがわからん彼女は、昨日、皿うどんを食べたばかりなのに、今日も皿うどんを注文した。(痴呆か?)二人で、交換しながら、(長崎弁で、おもやいで、と言う)『美味い、美味い』と、喜んで食べてくれた。

自分が美味いと思うものを褒められると、自分が褒められたようで嬉しい。

一口に長崎中華街・チャンポン皿うどん、と言うが、その味は千差万別だ。

長崎人なら、ひいきの店がそれぞれにあるもんだ。チャンポンすすりながら、色々話していると、意外なことに(失礼)二人して幕末ファンだという。自他共に認める、幕末マニアの俺様であるので、『次回は、ぜひ酒席で』と、約束して別れた。

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で、今回の愛機は、Shure SM57。通称、ゴーナナ。前回のゴッパーが、PA界における、声関係のワールドスタンダードだとすれば、ゴーナナは、楽器関係のワールドスタンダードといえるだろう。造りはほぼ同じらしいが、サウンドは結構違う。

その守備範囲は、PA、レコーディング問わず、ドラムの皮もの、ギターアンプ、パーカッション、ブラス、ボーカル、アコギ等、 相手選ばずだ。

これまで紹介した、AKG C414やSONY C-38B等と、エリアが被るが、当然、ダイナミックマイクとしての特性を生かした使い方をする。

つまり、音源を収録する際、マイクを使い分けることで、その音楽が必要とするサウンドイメージを形作るのだ。

いろんな意味で、コンデンサーマイクとダイナミックマイクは、対照的な特徴を持つ。例えば、

コンデンサーマイク=ワイドレンジ、繊細、高感度、フラット、広指向性、要電源、取扱注意等々。

ダイナミックマイク=ナローレンジ、力強い、低感度、 中域に癖、狭指向性、電源不要、とても頑丈等々。

こんな具合に。

とにかく、PAの現場は、58と57 があれば何とかなるのだ。それぐらいの普及率とも言える。

例えば夏のフェスティバルや学園祭等、複数のバンドが出ずっぱりのような現場は、とにかく、仕込みをシンプルにしたい。時にはリハさえできない状況なのだ。

その場合、特に数が多いパートに、58、57を仕込んでおけば、誰も迷わないし、一番大事なことだが、事故ったときに、すぐさまチェンジができる。

しかし、肝心なことだが、何故、それほど普及したのか? 頑丈で扱いやすく安い、だけでなく、やはり音が良いのだ。

僕はこれまで様々な場面で、57VS他のマイクと言う対決をやってきたが、そうした中でも生き残ってきた強者なのだ。僕が、57を使うのは、スネアドラム、タム、ギターアンプ、粗い音が欲しい場合のアコギのストロークあたりだ。

それともう一つ。ロックボーカルのレコーディング時だ。C-414でも書いたが、パワフルなロックボーカルは、繊細過ぎるコンデンサーでは、とらえきれない場合がある。そんな時の選択肢の一つが57だ。

因に、僕が最も好きなボーカリストの一人である、ポール・ロジャースの、ライブ、レコーディング共通の愛機でもある。

音を説明するのは難しい。ほぼ無理だ。僕にとって57のサウンドというのは、一言で言うと、“ロック”だ。岩、じゃねーよ。最も、ロックっぽい音がするのだ。どこが? と言われても答えられない。こいつで録ると、ギターも、ドラムも、ボーカルも、ロックなのだ。アホみたいだが、そう言うしかない。

だから、57とも、未来永劫つきあっていくんだな。きっと。

僕の愛機シリーズ#7 SHURE SM58

1月 30, 2008 in blog

一月、二月は暇だ。それは、我が社だけでなく、この業界の大半は同様だろうが、暇だ。
PAもレコーディングも少ない。したがって、大体事務所にいて、何やら、これまでできなかった地味な仕事に勤しむことになる。レコーディングデータをバックアップしたり、ケーブル整理したり、修理したり、台帳つけたり、ブログ書いたりね。

で、僕の昼食は、ほとんど外食になる。幸い、我がエコーフィールドスタジオは、長崎市の中心部に有り、美味しいお店には事欠かない。

もともと食べることが好きなので、できるだけいろんなものを食べてみたいのだが、忙しかったり、面倒臭かったりで、気がつくと、決まった数店を回っていたりする。

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そんな中の一店、県庁下の“永楽苑”は、ここ半年、多い時は週に2〜3度も通っている中華の名店だ。近所では昔から有名だったらしいのだが、不覚にも半年前まで知らなかった。

とにかく客が多い、結構広いのだが、いつもほぼいっぱいで、誰もが相席も構わず食べている。しかも、大半は地元の常連だ。味の良さの証明だろう。

このお店は、お昼と、夜、営業しているのだが、お昼は、チャーハンとかのご飯類と、めん類にメニューを絞ってある。ここ独特のラーメン(いわゆる普通のラーメンではない、中華麺。)が特にうまいのだが、今日は、もう一つの大好物、“焼きそば”を、食べた。

ここの焼きそばは、昔ながらの長崎らしい焼きそばで、僕は大好きだ。普通の焼きそばは、ソースを絡めて作る。まさにソースの味が決め手だ。長崎のそれは随分趣が違う。

僕は提案したい。長崎の焼きそばは、焼きそばというより、焼きチャンポンと呼ぶ方が相応しい、と。

材料はほぼ同じだ。大量の野菜、豚肉、イカ、等を炒め、そのお店独自のスープで伸ばす。味付けは、塩コショウのみ。量も半端ではない。そこに、お好みで長崎オリジナルの金蝶ソースをかける。

僕は、これに大盛りご飯で腹いっぱい、というのが若い頃の定番だった。最近では、この長崎独特の焼きそばを出してくれる店も減ったように思う。長崎焼きそばの大ファンとしては残念な限りだ。
誰か、PRしてくれんやろうか? “長崎焼きチャンポン”

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長いイントロが終わった。さて、今日の主役、Shure SM58。通称、ゴッパー。このマイクこそ、有る意味、真のワールドスタンダードと呼ぶに最も相応しいマイクかもしれない。

発売以来、(正確にはわからないが、30年以上は経つだろう)世界中のありとあらゆるPAの現場で活躍してきたマイクだ。マイクといわれて、一般の方が、真っ先に思い浮かべる姿がこのマイクだろう。

この姿を見るだけで、シンガーもスタッフも、何となく安心できる、という信頼感は、まさに“Shure”のブランド名に相応しい。

僕が所有するこの 58は、数ある58の中でも特別な一本だ。

1982年に、僕が初めて手に入れたプロ用マイクだ。当時はまだ、メイドインUSAで、レートの関係も有り、一本、定価で、なんと70.700円もした。実売でも、45.000円ほどした。

メイドインメキシコで円高になった現在、1万数千円で手に入る。当然、サウンドは異なる。USA製は、ハイが綺麗で繊細だ。

僕は30年程昔、夜の店でウェーターや、ギターの弾き語りの仕事をやっていた。

世の中に、カラオケと言うものが無かった当時、夜の店には、必ずといっていいほど、ピアノかギターの弾き語りがいて演奏していたため、簡単なPAシステムがあった。

マイクが二三本、小さなミキサーが一台、ローランドRE201等のテープエコー(必需品)、パワーアンプにスピーカー。これくらいはあった。さすがに、そういういう店には、58など無かったのだが、僕が演奏していた店は、当時長崎では非常に流行っていたナイトクラブでもあったためか、58が二本常備してあった。その上、565が二本あった。

565とは、58の前にあった機種で、若干音質が異なる。僕は、58が、当時の最新鋭の高級機だとは知っていたが、あえて565を好んで使用していた。565の方が、当時のしょぼいPAスピーカーでは、より抜けて聞こえたからだ。
(実際、当時のシンガー達は、より565を好んでいた気がする)

しかし、時代は確実に58を主役の位置に押し出す。何でもそうだが、サウンドとは詰まる所バランスだ。
全体のシステムが、徐々にハイファイ化していった証しかもしれない。
僕が58を手に入れたのは、録音用というより、まだ当時は現役だったため、ライブ時のマイマイクとしてだった。

それから20数年、相変わらず58は、ライブボーカルマイクの定番として君臨している。

勿論、今では58よりも良い性能、音質のマイクはいくつもある。しかし、この価格、耐久性、性能を合わせ持つマイクは、いまだ登場していない。

僕は、ボーカル類は勿論のこと、ライブ時のブラス類に使用することが多い。イベント時のブラスバンド等は、本数が多い。一度に多くの本数が揃い、音質的にも調整しやすいとなると、やはり58の出番となる。

※これまで、様々なボーカルマイクを試してきたが、僕が知っている中では、ゼンハイザーのMD431 II(ヘッドが真っ黒のタイプ)が、とても印象的だ。
(かつて80年代、デビッド・ボウイや、ホール&オーツのボーカルマイクとして一斉風靡したマイクだ。その後何故かシーンから姿を見なくなった)

ある日、僕が担当しているライブハウス・ティンパンアレイのゲストで、ジョー山中さんが来られた。
僕はいつものように58を使って、予め、全てのモニターを調整し、到着を待っていた。

ジョーさんは、マイマイクを持参していた。それが、MD431だった。

僕は受け取ると、そのまま58と差し替えた。
音を出した時、あまり驚くことの無くなっていた僕に、久しぶりに驚きと興奮を与えてくれた。

びっくりするほど音量が上がったうえで、更に音が良くなったのだ。まるでコンデンサーマイクのようだった。
勿論、まったくハウることなど無く。お陰でリハは、メンバーからの、ボーカル下げてくれの大コールになった。

嬉しい誤算だった。ジョーさんも『お前ら、俺がきらいなのか』と、苦笑いしていた。

ジョーさんの431は特別だったのだろうか?
(これまでにもMD431を使用したことは何度もあった。初代の、ヘッドがシルバーのタイプだ。その時の印象は、可もなく不可もなくだった。卓がダメだったのか?)

全てのボーカルマイクをMD431で揃えられたら、PAはぐっと楽になるだろうな、と思うが、MD431一本で、58は、3本買えるのだ。簡単にはいかないね。

現在、このメイドインUSA SM58は、ライブで使われることは無い。スタジオで第二の人生を送っている。
最近は、マーシャル等のラウドなギターアンプに使うことが多い。

定番である57同様の良さを持ちつつ、57より太く、マーシャル特有の強力なミッドハイ を押さえてくれる。
僕の最も好きなギターアンプ用のマイクの一つだ。

因に、買って以来26年、一度も故障は無い。まさに、“Shure”だ。これからも末長くよろしくたのんます。

竹○○匹君来訪。

1月 29, 2008 in blog

ここ二三日、天気が悪い。恐ろしく寒いし。明日は晴れればいいけど。
(そういえば、このブログ、ブログのくせに、その日の出来事にほとんど触れない。)

そこで。という訳ではないが、・・・・

今日、このブログにも登場したことのある、パーカッショオナニスト、竹○○匹君が遊びに来てくれた。
しかも、かわいらしい彼女同伴で。国立音大卒らしい。でも、コードはわからんらしい。
しかし、竹○より一回りも年下だという。これは犯罪だ。うらやましーぞ竹○!!(別に書いても良いんだよな!)
帰郷は、極くプライベートな理由らしいが、彼女同伴というのは臭いね。結婚でもすんのかな? 聞きそびれた。やつはこのブログを見てくれているらしいので、もしなんかあったら連絡くれ。

しかしブログを始めた経緯にしてから、昨年末WEBを一新した際、プログラマーさんから、『ぜひ、ブログをやって下さい。』と、強く勧められて、ようやく今年になって始めたようなもので、すでに誰かが読んでくれているなんて驚きですな。やっぱり、反応がある、というのは嬉しいもんです。張り合いにもなるし。
(しかし、こんな機材オタク丸出しなブログで良いんだろうか?)

で、その竹○君情報。なんと、来月?だっけ? 吉田兄弟(津軽三味線の若きホープ)と共に、スペインへ公演に行くらしい。去年は確かアメリカツアー。なんとまぁ、ワールドワイドなご活躍。素晴らしいことです。
くれぐれもオイタはしないように、○○○○小さいんだから。

なんといっても、このスタジオでがんばってた若い連中の活躍は嬉しいもんです。
そのためにスタジオ造ったようなもんだし。がんばっていれば、いつかまた素晴らしい若者が登場するだろう。
その日が来た時に、僕はまた、がっぷり四つで勝負できるように準備しておこうと思う。負けねーぞー、まだまだー。

しかし、この仕事を通じて知りあった、あるいは、バンドマン時代まで遡って思い出すと、このギョウカイは、ホントにユニークというか変人というか奇っ怪な人間が実に多い。ただ、昔は、人生破綻してるような人間が多かったけど、さすがに最近は減った、というかいない。少し寂しい気もするけど、実際側にいると堪らんけどね、迷惑で。
でも、強烈やね、記憶は。それこそ映画になりそうな話がごろごろある。

映画といえば、最近、宣伝している、『結婚しようよ』。これは、僕らより若干上の世代の、夢を諦めて家族のために生きた男、の物語だ。まだ内容は観ていないけど、テレビから流れてくる拓郎節には、理屈抜きで引き寄せられるね。やはり文句無しに強烈だ。さすがに時代を塗り替えただけのパワーがある。

かつて僕は、一度だけ、彼と仕事をしたことがある。それだけでなく、末席ではあるが、酒席に同席したことさえある。自慢だ。実際の彼は、とってもシャイで、チャーミングでスケベなオヤジだった。
(僕がサインを求めると、ぼそぼそと『僕のでいいの』と、いいながら、隅の方に小さく書いたかと思ったら、次の瞬間、クラブのママさんのケツをなでていた。)

あ〜、俺もこんな男になりたい。

映画ついでにもう一本。一昨年ぐらいの映画で、『ロッカーズ』というものがある。
俳優の陣内孝則の初監督作品だ。彼は、僕より、いくつか上だが、ほぼ同世代のバンドマンだ。しかも、同じ九州だ。ロックバンド、“ロッカーズ”が、実際はどうだったのかもリアルタイムで知っている。正直言って、うまくも無かったし、いい曲とも思わなかったし、顔がいいからデビューできたんだろう、位に思っていた。
しかし、映画を観て驚いた。とてつもなく面白かった。あの時代のバンドマンが持っていた疾走感を余すことなく描ききっていた。何より、ライブシーンが最高だった。日本映画史上最高のロックライブシーンだ。
もちろん映画なので、実際よりカッコいいにきまっているが、それでも、そこらへんのヘボ監督のロミオとジュリエットをそのままパクった“パ○○○”なんかより遥かにリアルだった。
さすがに本物のバンドマンが創っただけあるし、何より、映画監督として才能あると思った。メッセージなんてカンケーねー、とばかりに突っ走る。そんな映画だ。バンドが好きな人は、ぜひ観ることをお勧めする。

ちょっと横道にそれたけど、竹○、がんばれよ。いつかまた面白い仕事しよう。
彼女さん、長崎のおいしいもん食べてってください。因に、僕は、チャンポンなら京華園が好きです。

僕の愛機シリーズ#6 Neumann U87Ai

1月 26, 2008 in blog

cimg0927.JPGAKG C-414ときたら、このNeumann (ノイマン)U87Aiを出さないわけにはいかないだろう。恐らく、世界中の商業レコーディングスタジオで、このマイクがないスタジオは、ほぼないだろう。まさに、スタンダード オブ スタジオマイク、といっても過言ではない。テレビなどでタマに見るスタジオ録音風景とかで、声関係に立っているマイクは、ほとんどこれだといっても差し支えない。メイド イン ジャーマニー、その歴史は発売以来41年にも及ぶ大ベストセラー機なのだ。

僕が、この仕事を始めた頃、どれほど、このマイクに憧れ、恋い焦がれたことか・・・・・・

しかし高い。本体が一本40万円近くするのも恐ろしいものがあるが、これをスタンドにマウントするしか能のないサスペンションが、一台、4万円近くするのはどうにかならんもんだろうか? しかも、まけてくれない。実際に購入する際は、ステレオ、つまり最低2セット購入ということになる。

合計金額計算してみんね。目ん玉吹っ飛ぶばい、ぞーたんのごと。(やはりこの仕事は、こういうマイクをポンポン買える東京でしか成り立ちにくいものだな、とため息が出る)

財政苦しい地方のスタジオ経営者にしてみれば 、このマイクを手に入れる時は、まさに清水の舞台から飛び降りるがごときの決心がいった。しかし、たまに、よそのスタジオで、このマイクを使うたびに、他では代われない魅力を感じていたのも事実だ。例えば、クラシックギターを録音した時、ジャズピアノを収録したとき、はたまた、パンクバンドの、唸りをあげるディストーションサウンドを収録した時。得も言われぬ快楽を伴うサウンドだったことが忘れられなかった。スタジオ・スタンダードは伊達ではないのだと思ったものだ。

それと、僕は永らくボーカルのベストマイクを探してきた。そんなものは存在しないのかもしれないが、最もそれに近づけるものを探しているのだ。ひょっとすると、まさしくU87Aiがそれなのでは ・・・・・それに、やはりレコーディングスタジオの看板を揚げている以上、スタジオスタンダードは揃えておかずんばなるまい。

そんな僕の胸いっぱいの期待に応えるべく、ついにU87Aiはやってきた。

ついに、というか、やっと憧れのスタジオスタンダードを手に入れたのだ。 6年前のことだった。

僕は、新しい機材を手に入れると、まず他の同類他機と、徹底的に比較する。もちろんこのU87Aiも例外ではない。

結果は・・・・・・・

まず、質感が違う。濃密なミッドというか。極めてローノイズでもある。ノイズ自体の音が美しい、シルキーでさえある。安いコピー品とは段違いの品格というか、次元が違う。感度が全然違う。C414あたりと比べても8db位違うんじゃないか。
・・・ただ、ハイが荒い気がする。イメージしていた透明度が高い感じではなく、ガッツリした感 じだ。それゆえ、合うものと合わないものがはっきりしている。いわゆる“フラット”では無い。ローからハイまで満遍なくあるのだが、ミッドからミッドハイにかけて、より密度が高いというか、少々硬く感じる。あと、指向性が広い。これは、ものによってはプラスにもマイナスにも作用する。響きの影響も含めて収録できるため、反射にシビアな対応が要求されるのだ。響きが美しければそのように入るし、悪くてもそのように入るのだ。

やはり、合うものは、声もの全般(ただし、ハードで硬質なロックボーカルは不可)、アコギ、ブラス、ピアノ、弦楽等のアコースティック楽器全般、ということになるだろう。特に、声の柔らかい人、アコギ、ブラス等はマストアイテムではないだろうか。ただ意外だったのは、昔あれほど良いと思っていたオーバードライブギターアンプのサウンドを、うちのスタジオではさっぱりいい音で拾ってくれない。スタジオアコースティックも含めて、今後の課題の一つだ。当たり前だが、やはり、万能マイクは存在しない。

ここまで書いて、僕は、このU87を愛機と呼べるのかという疑問が、・・・あまり、熱い思いがないような・・・

いやいや、確かに、憧れが強過ぎて、愛情が多過ぎて、少々期待し過ぎただけだ。

そんな僕の個人的な過度の思い入れを除けば、充分に素晴らしいマイクといえる。特に、ソフトな女性ボーカルや、ナイロン弦のギター等には、素晴らしいサウンドを聴かせてくれる。近ごろはやりのアコースティックデュオ等のアーティストには、ぜひスタジオでその威力を知ってもらいたいと思う。

僕の愛機シリーズ#5 AKG C-414USL/SS

1月 25, 2008 in blog

cimg0957.JPG前回に引き続き、コンデンサーマイクだ。AKG=アーカーゲーと読む。通称、アカゲだ。オーストリア製だからだ。(オーストリアはドイツ語圏)まさに、世界基準のマイクの一つだ。特にこのモデルは、評判の良かった1970年代の、俗に“シルバーモデル”と呼ばれた物を、6年ほど前に復刻し、特性をペアで揃えて、ステレオペアで販売したものだ。

僕にとって、前回のC-38Bが、それまでのほとんどの録音現場で通用する万能機だったのだが、このC-414が登場するや否や、そのすべてで、その座を奪った。しかも、さらに適用範囲を拡げて。
その守備範囲はあらゆる楽器に及ぶ。ドラムで言えば、キック以外全てのパーツで、素晴らしいサウンドを得ることができるが、僕が必ず使うポジションといえば、やはりオーバーヘッドだ。とても自然にキット全体を拾ってくれるし、オンマイクのサウンドとの混ざり具合が素晴らしい。音楽によってはタムにも使用する。もちろん、あらゆるパーカッションでもパンチのあるサウンドを拾ってくれるし、特にAKGの特徴として、金物が美しい。アコースティックピアノにもマストアイテムだ。もちろんアコースティックギターも良しだし、エレキギターも、セッティングにシビアさを要求されるが、場所さえ決まればダイナミックマイクでは得られないレンジの広い豊かなサウンドが得られる。

そして、ロックを録ることが多い僕にとっては、 なんといってもボーカル録音時に真価を発揮してくれる頼もしい相棒だ。というのは、ロックボーカリストというのは、普通の人よりもパワーのある人が多い上、非常に強いハードな声質の持ち主が多い。こういう人を録る場合、非常に感度が高く、ミッドレンジとハイに、若干の膨らみを持つ、ノイマンのU-87あたりだと、ともすれば、うるさ過ぎるサウンドになりがちなのだ。そんな時、このC-414を使えば、非常にスムースな心地よいサウンドで録ることが可能だ。もちろん歌っている人も気分良く歌える。専門的に言うと、このC-414の特性は、2khz付近に若干のディップ(凹み)があり、10khz以上がなだらかに持ち上がっている。この特性が功を奏しているのか、ロックボーカルの録音時は、こいつが無ければ始まらない状態になっている。(当たり前だがボーカルはハードな人ばかりではない。ソフトな人には当てはまらない)

豆知識だが、かつて、あのクィーンの名ボーカリスト、フレディ・マーキュリーのレコーディング・フェバリットマイクが、このC-414だった。彼らのスタジオメイキングビデオには、常にC-414にかぶりつきそうな勢いで歌っているフレディが映っている。それを見た時僕は、『やっぱりな。』と、ほくそ笑んだ。彼の強力な声には、C-414が合うはずだ。

C-414の特徴の一つとして、遠くの音もクリアーに収音することができる。どういう意味かというと、マイクの特性は、それこそ様々だ。物によっては、距離が離れるに従って、急激にハイが落ちて行くものもある。例えば、オーケストラを収音する際、手前のバイオリンはクリアーだが、奥のブラスは曇った音になったり、とか。もちろんそんなマイクは使えない。それともう一つ、非常に指向性がタイトだ。狭い部屋でも、かぶりを余り気にせず使うことができる。この特性のためか、ハウリングにも強く、PAでも使われることが多い。

もし、世の中で、一種類のマイクしか使用することが許されないとしたら、僕は迷うことなく、このAKG C-414を選ぶ。そういう意味では、C-414こそ、万能マイクに最も近づいたマイクかもしれない。

僕の愛機シリーズ#4 SONY C-38B

1月 22, 2008 in blog

cimg0949.JPGさぁ〜、さらにエンジニアらしくなってきたぞー。今回のゲストはコンデンサーマイクロフォン、名前をSONY C-38Bという。前回のO2R96は“卓”だった。絵画で言うならばさしずめパレットだが、このマイクロフォンはというと、やはり、筆、かな。つまり、ミュージシャンが紡ぎ出す音楽という一遍の絵画を、“卓”と“マイク”で、空間に描くことが、サウンドエンジニアという仕事なのだ。このC-38Bは、名機の誉れ高いC-37Aを引き継ぐ形で登場した。37Aは真空管、38Bはトランジスタだ。まっ、そんなことより、漫才や落語の時に立っているマイク、といえば誰もが解るだろう。しかし、ただもんじゃないですぞー、このマイク。

まず、コンデンサーマイクって何? 難しいことは本で調べてくれ。要は、高域まで綺麗に収音でき、全体的にフラットな音響特性を持ち、音を拾える範囲も、180°から360°と、可変できる(モノによる)、優れたマイクである。しかし、音同様構造も繊細で、取り扱いには注意が必要な上、電源も必要だ。一般によく知られる、ライブの時にボーカリストがよく手に持っているものは、ダイナミック型というものが多い。これは、コンデンサーに比べて、収音の範囲が狭く、音質にも癖が強くある。しかし、その癖が、ボーカルには合っていたり、なにしろ頑丈なので、ステージで落っことしてもびくともしない。

僕が、エンジニアの仕事を始めた頃、放送局は別にして、長崎で使える最上のコンデンサーマイクが、このC-38Bだった。当時すでに、世の中には、Neumann(ノイマン)だの、AKG(アーカーゲー)だの 、Sennheiser(ゼンハイザー)だの、素晴らしいマイクがキラ星のごとく存在する、という知識はあった。しかし、買おうにも、高すぎて手が出せなかった。仕事と趣味は違う。そんなマイクを使用しなければならないような需要は、この地方都市には存在しなかったのだ。

ならば、俺がその需要を生み出そう。と、若き日の僕は燃えた。なーんちゃって。

しかし、現実はC-38B。よーく働いたよこのマイク。本当にお世話になりました。なんせ、何でもこいだからねー性能的には。一言で表すなら“原音忠実再生”。非常にナチュラルだ。ノイマンのような色気は無い。“色気”って何? と問われると、なんというか、あちら産には確実にある、なにやら、ぬめっとした感じ、濡れた感じ、艶っぽい感じ、というかな。それが、日本製のマイクはソニーに限らず、無い。・・・・武骨というのか、生真面目というのか。・・・・・

で、その頃の実際の使用法といえば、まずはリズム録りの際のドラムのオーバーヘッド、アコギ、パーカッション、ナレーションに唄等々。録りの際は、とりあえず常に立っていたような気がする。

そう言えば、かの山下達郎氏の幻のデビューアルバム“シュガーベイブ=SONGS”は、プロデューサー且つ、エンジニアを務められた、大滝詠一大明神が、満遍なく、このc-38Bで録りきった、というエピソードを聞いたことがある。興味の有る方は、聴いてみることをお勧めする。

僕個人の感想としては、金物類にももちろんOKなのだが、より打楽器の皮モノ系に、良さを発揮したように思う。本体に-8dbのPADが付いており、かなりの大音量も歪むことなく収音出来る。コンガやティンバレスにボンゴ、ドラムのタム等々。

※昔、面白い実験をしたことがある。もう20年近く前の話だ。僕がお世話になっていた制作会社が、県からの依頼で、サンバ風の曲を製作することになった。 僕はエンジニアとして参加した。サンバなので、様々なパーカッションがある上、地元の和太鼓チームも参加することになった。スタジオは、連日、様々な打楽器とミュージシャンで溢れた。たまたま、知り合いから、ノイマンU-87をお借りしていた。あの夢のマイクだ。で、せっかくだからということで、あらゆる打楽器に、U-87、C-38B、AKGのC-451、ShureのSM57、SennheiserのMD-421をセットして、ブラインドで選ぶ、という実験をしてみた。・・・・・結果は、意外にも、そのほとんどで、C-38Bが選ばれることになった。選者は、僕と、アシスタントエンジニア二人。二人とも、全く迷わなかった。それほどはっきりしていたのだ。

今の僕の主な使用法は、ドラムアンビエンスの定番マイクだ。ただ、感度は高くない。感度とは分かりやすく言えばマイクの音量だ。で、小さな音量を収音しようとした場合、相対的にヘッドアンプのゲインを上げることになり、結果として、ノイズの多いサウンドになりかねない。そして、もう一つ大きな特徴。電池駆動ができることだ。僕らは仕事柄、フィールド録音することもある。つまり、ポータブルレコーダーを持って、外へ録音しに行くのだ。当然マイクが必要だが、できれば性能のよいコンデンサーマイクで録りたい。最近まで、我が社の外録用のマイクは、C-38Bの独壇場だった。(数年前、Rodeから電池駆動の上、ステレオのコンデンサーマイクが出たので取って代わられた。)

僕はマイクが大好きだ。できれば、世界中のマイクをコレクションしたいぐらいだ。どこまで行っても限りが無い。どのマイクも一つとして同じ音はしないし、どんなものにも合うという万能マイクも存在しないからだ。そんな中で、このC-38Bは、かなり優秀なマイクといえるのではないだろうか。 これからも、どうぞよろしく。

少しショックだったこと。

1月 21, 2008 in blog

cimg0942.JPG19日の土曜は、長崎大学の軽音サークル“ロン・ロック”の定期コンサートだった。場所は、例年通り、NCC&Studio。キャパがスタンディングで300人位、アマチュアがやるにはちょうどよく、おまけに、デッドで天井が高く、ロックをやるにはもってこいのホールだ。長崎では、もはやここだけといっても良いかもしれない。僕は、いつものように爆音を炸裂させ、ライブは無事に終了した。そして打ち上げ。年々、行くのが辛くなる。なんせ、年齢差がね・・・・・・

しかし、呼んで頂けることがありがたいのだ。向こうだって話しづらいに決まってるさ、こんなおっさんと。

で、その時出た話というのが少しショックだった。

cimg0932.JPG話は数日前までさかのぼる。僕は、駅にある商業施設へ買い物に行った。そのついでに、某楽器店へふらっと寄った。なんとはなしに楽器を眺めていると、仕事熱心なスタッフが寄ってきて『何か試奏されませんか?』と勧めてきた。その気はなかったのだが、人の良い僕は、目の前にあったエコーシュミレーターを指さし、『じゃあ、それをお願いします。』 エコーシュミレーターとは、昔のテープエコーをデジタルで再現したエフェクターだ。

※因に、試奏したのは、テープエコーRE201をシュミレートしたRolandのものと、Line6のものだった。どちらもエコーマシンとしては良くできているが、シュミレーターとして似ているかと問われれば、似ているが、本物とは違う。(当たり前か)ただ、本物の不便さも熟知しているので、よっぽどのこだわりがないのであれば、シュミレーターで充分だろう。

ギターを繋ぎ、散々いじくっていると、かの店員がこうお世辞を言った。『面白い使い方ですね〜』僕は、そんなお世辞言っても買わねーぞーと思いながらも、にこやかに笑いながら、『昔のピンクフロイドとか、良くこんな音使ってたよね。』と言ったら、思いっきりきょとん顔だったので、まさかと思いつつ『もしかして、ピンクフロイド知らない?』『はぁ〜、知りません。』なんですと〜、ピンクフロイドを知らん? えーっ、今度は僕がきょとんとなった。確かにピンクフロイドは、日本人にとってそれほど親しみの有るバンドではないかも知れない。しかし、様々なロック革命が起きた70年代の中でも、プログレッシブロックの雄として、数々の名盤を発表してきた伝説のバンドなのだ。もし将来、世界のロック史なるものが書かれるとしたら、必ずそのライナップの上位に入るであろう、超ビッグネームの一つなのだ。それを、こともあろうに楽器屋、それも、エレキギターの売り場の兄ちゃんが知らんとは、なんたる無知、なんたる不勉強、島村楽器の社長出てこーい。(あっ、言っちまった。)

てなことがあった訳でさぁ〜。(おまえ誰?)で、そのことを思い出して、学生達に聞いてみた。

『レッド・ツェッペリンて知っとる?』ど真ん中のどストレート160km/hを放り込んだ。学生達は普通に。

『はぁ〜、知ってますよ。』ぬぁ〜んだ、そうだよなー、知っとるよなー、当たり前だよなー。

『でも、名前だけっす。』

ぬぁんだとー、名前だけだとー、てめぇ〜一回死ぬかー、という気持ちを抑えつつも驚きを隠せない僕。もちろん中には、一応アルバムの4枚目までは聞きました、というまっとうなヤツもいたのだが、そこにいた五六人のほとんどは、まともに聞いたことがないと言う。じゃあ、ここんとこの再結成で、世界を挙げて(あの沢尻エリカでさえ見に行った。)大騒ぎし、ライブの最前席のプラチナチケットの価格がなんと1200万円まで跳ね上がったという、(一枚、一人、1200万円ですぞ)化け物バンドの狂騒は、おっさんおばさんだけの妄想なのか?(沢尻エリカは、おばさんなのか?)

ジェネレーションギャップ 。この言葉がこれほど身にしみた夜はなかった。ほんの五六年前までは、年齢差はあっても、ロックを語る上ではそれほどの隔たりは感じなかった。どんなに時代が変わってもルーツはある訳で、音楽は綿々と繋がっているのだ。その意味において、どんな若い連中とも共感できる部分があったのだ。しかし、昨夜の子たちに、それを感じることは出来ない。スッパリ切れているのだ。これを、単に不勉強と切り捨てることの出来ないなにやらもどかしいものを感じたのだった。

考えてみるに、僕らにとってロックとは、=洋楽、だった。1966年のビートルズに始まり、70年代のレッドツェッペリン、ディープパープル等の来日ラッシュは、有る意味、第二の黒船だったのかもしれない。その衝撃は、あまねくロックファンをなぎ倒し伝説となった。ロックとはこれだっ、とばかりに見せつけられた。しかし、そのものずばりが日本に定着することはなかった。古(いにしえ)よりの伝統に則り、日本人らしく、日本人に合う部分だけを取込、それまでの歌謡曲と同化させていった。それから40有余年。その衝撃の記憶すら、もはや届かなくなったのかもしれない。ついに、ロックもクラシック化したのか?  ちょっと考えさせられる夜になった。

僕の愛機シリーズ#3 YAMAHA O2R96

1月 18, 2008 in blog

cimg0931.JPGようやくサウンドエンジニアらしい機材の登場だ。

ミキシングコンソール、いわゆる“卓”というやつだ。日本が世界に誇るYAMAHA製のデジタルコンソールだ。

前回のTEAC 244が、僕のエンジニア人生のスタートを切った時の相方だとすれば、このYAMAHA 02R96はまさに今、現在の僕の相方だ。

これにたどり着くまでに、何台の卓と付きあってきただろう。この卓が、これまでの卓とは決定的に違う部分がある。この卓はデジタル、それまではフルアナログ。

購入する時は相当に悩んだ。第一にやはりそのサウンドだ。

この前の機種である、O2Rがいけなかった。なんか、ぺちゃぺちゃした薄っぺらいサウンドだった。おまけに、“デジタル”という言葉の響きも相まって、音が冷たく感じた。もう一つの危惧はレイテンシーだ。つまり、デジタル卓とは、アナログサウンドをデジタルに変換し、さらにアナログに変換することで初めて、我々の耳に届く。そのために、どうしても音が遅れることになる。それがどの程度なのかが、非常に心配だった。

がしかし、この卓は、その全てを吹っ飛ばした。ビバヤマハ、ブラボー日本楽器。

※世界的にも売れに売れ、密かにヤマハは王国を建設するらしい。(一体ナンの?)

若干の使い勝手の戸惑いさえ乗り越えれば、僅か百万円で、驚異的な静寂さおよび、圧倒的に透明度の高いサウンドを備えたチャンネル全てに、コンプ、ゲート、EQ、ディレイをも搭載し、同時に4台のマルチエフェクトを使用でき、フルオートメーションの上、アナログ、デジタル合わせて、56チャンネルもの入力を備えながら、ビジネスディスクの半分のスペースに収まる、という驚異的な“卓”が手に入るのだ。

この小さな卓を眺めていると、つくづくここまで来たんだな〜、と思う。

僕らの世代は、非常にラッキーなことに、音楽業界に起こる、様々な革命を目の当たりにしてきた。

ビートルズの出現に始まるロックミュージックの革命。それに伴う、レコーディング環境の革命。それを支える機材の革命。

それらに同調するように誕生したPA業界も同様の革新を繰り返し、ロックの産業化とともに肥大化して行った。 やがてすべてはピークを迎える。

でかくなりきったものは、自然の摂理として萎んで行く。この世界も又然り。

この小さなモンスターマシンも生まれるべくして生まれた。

そもそもミキシングコンソールとは何ぞや?

思いっきり簡単に言うと、様々なサウンド入力、(マイク、シンセ、デッキやターンテーブル等のライン)を、加工し、混ぜ合わせ(ミックス)し、 出力するものである。

文字通り“ミキサー”なのだ。

しかし、もちろんそれだけではない。ポピュラーミュージックは、録音技術及び機材の進化と共に発達してきた訳だが、そのサウンドの鍵の一つをコンソール自身も握ってきたといっても過言ではない。

何故なら、サウンドの入り口であるマイク及びラインの音質を左右するヘッドアンプを抱いているためだ。

収音されたサウンドは、コンソールに取り込まれ、ヘッドアンプで増幅される。その時サウンドの根幹は決定されるのだ。そのため、各コンソールのサウンドは、そのヘッドアンブが持つ特徴に決定される。

で、このO2R96のサウンドはというと、一言で言うと、無色、だ。何も足さず、何も引かない。

これまでずっと、ヘッドアンプが弱いと言われ続けたO2R、よくぞここまで、というと、完璧にも聞こえるが、録音芸術の奥の深さは、そんなに簡単ではない。

音楽は多様だ。求められる色は、それこそ無限だ。それゆえにYAMAHAは、あえて、無色の道を選んだに違いない。個性的なサウンドは、外付けヘッドアンプに任せれば良い。

実は、我がエコーフィールドスタジオも、個性的な外付けヘッドアンプを模索中だ。業界超定番のニーブ、API、そこら辺を中心に、何がうちにぴったりくるのか、請うご期待。

僕の愛機シリーズ#2 TEAC 244

1月 16, 2008 in blog

cimg0929.JPGMarshall 1959を引っ張りすぎたので、これからはあっさり行こう。(できるだけ)

この機材を見て、ぱっと分かる人は、間違いなく40歳以上です。なんか、このフレーズばっかだな〜。

前回の1959が、僕を音楽を“聞く”側から、“プレイ”する側への扉を開いた機材だとすれば、この244は、“作る”側の底なし沼に引きずり込んだ機材だ。もちろん古い。買ったのは1982年だ。これは残念ながらビンテージ価値等無い。

で、いったい何なのか? 通称カセット4トラ。今時のヤング(死語?)には、分からんやろうなぁ〜。つまり、カセットテープに4つの音を別々に録音できる、史上二番目のコンシューマーユースの“多重録音機”なのじゃ〜〜っ。しかもっ、4チャンネルミキサー付き。これが当時のミュージシャンに、どれほどのインパクトがあったか想像もつかんだろうな〜。(今じゃ、パソコンベースのDAWともなれば、トラック無制限、エフェクトもプラグインで自由自在の世の中だからね。)

それは例えば、ギターを録音した後に、ボーカルを録音できる。自分のボーカルに、自分のコーラスを被せられる。バンドのバッキングを録ってきて、ギターソロを自宅で録音できる等々・・・・・・自ら音楽を創る人にとって、正に革命的夢のマシンだった。

※史上初と言えば、同社の前機種144じゃな。ただ、オープンテープ時代までさかのぼれば、さらにあるが、やはり革命的となれば、誰でも手軽に録音できるメディア、カセットテープだろう。

4トラック レコーダーに、4チャンネルミキサーが付属したこの244。現代から見れば、4チャン4トラで何ができんの? とでも言われそうだが、そんな事は無い。要は工夫なのだ。

※ビートルズを見よ。そのほとんどの作品は、4トラックマシンで産み出されたのだ。

僕が、この夢のマシンを手に入れたあたりの経緯については、またしても一くさりドラマがあるのだが、長くなるので省く。とにかく僕は、人生における何度目かの一大決心をして、総額百万円に上るローンを組み、自宅録音システムを構築するのだ。その中心にあったのが、この244だったのだ。ちなみに、定価で198.000円もした。機材が到着したその日から、デモテープ作りに没頭したのは言うまでもない。例えば、昼にダビングするから来い、とバンドのメンバーを呼んで、『できた!』と振り返ると、誰もいない。窓からは、朝日が差し込んでいた。なんて事がしょっちゅうだった。つまり、昼から、リズムトラックを打ち込み始め、キーボードでコードバッキングを入れ終わる頃には、夜が明けていた訳だ。その間一度も後ろを振り向かなかった事さえある。この頃は、宅録するのが面白くて仕方が無く、自宅でできるありとあらゆる事をやっていた。そんな宅録環境で最も納得がいかないサウンドパートといえば、なんといってもドラムだった。この時代にもドラムマシンは存在したが、生音を知り尽くしている現役バンドマンにしてみれば、定価150.000円もした当時の最高機種ローランドTR808でさえ、“チンかすな音やのぉ〜”意外の何者でもなかった。

※ローランドTR808は、この後、ご存知の通り、テクノミュージックの“神器”として、見事に復権するのだから面白い。

そこで僕は、チンかすな808のスネアを、小型のギターアンプへ通し、それを風呂場で鳴らし、マイクで拾ってガッツのあるサウンドに変身させる、てな事をやって喜んでいた。さらには、当時爆発的にはやっていた、ゲートリバーブをスプリングリバーブで再現するために四苦八苦したりしたことも懐かしい思い出だ。(この頃はまだ、REV7等のデジタルリバーブは発売されていなかった。)

※そういう意味において、現代は、この当時の夢はすべて実現されたと言える。どんなリアルなサウンドも、ハイクォリティなサウンドも望みのまま。あとは、アーティストの腕次第なのだ。

しかし、人生とは分からん。こうやって、遊びながら作っていたデモテープが、僕のエンジニア人生の扉を開けるのだ。だから、どんなに時代遅れになっても手放す事ができない僕の大切な愛機なのだ。それに、こいつを見れば、いつだって、あの頃の情熱を思い出す事ができる。初心忘れるべからず。

撮影するために、久しぶりに引っ張り出して、掃除して、電源入れてみた。・・・一瞬、メターランプが点いて、すぐ消えた。・・・へんなノイズも出ている。・・・調べた。・・・テープヘッド周りに異常。壊れている。5年ぐらい前までは完動だったのに・・・・なんせ、26年だもんね、よく働いてくれたよ。ありがとう。

僕の愛機シリーズ#1 Marshall Super Lead 100w その3

1月 10, 2008 in blog

cimg0906.JPGなんか、図らずも自叙伝みたいになってきたこのシリーズ。
一体どこへいこうとしてるんだ俺は?

しかし、自分自身のルーツを確認する上でも、なんか楽しい作業なので続けてみよう。どうせ、誰かに向けて書いてるっていう訳でもないんで。(でも、誰でも見れるメディアだというところが怖いし、なんか矛盾しとるばい。)

閑話休題

一年半後。僕らは高校一年になっていた。高校入学と同時に再スタートを切ったバンドは、すっかりハードロックバンドへと進化を遂げ、レパートリーも、ディープパープル、クリーム、グランドファンク等をモノにしていた。僕も、単に“歌を歌う人”から“リードボーカル”に脱皮していた。

※なぜか、あれほどリッチーのマーシャルサウンドに打ちのめされながら、僕はギタリストへの道を選ばなかった。なんといっても女子にモテるのはボーカルだったから。(やっぱりそれかい!!)

そしてその秋、僕らはいよいよ、初めてのロックライブへ出演が決まった。今は亡きフジタ楽器店主催の“幻獣祭”と銘打たれた、ロックフェスティバルだ。僕らのような高一坊主から、大学生、社会人まで出る、当時の長崎では最も大きなホールライブだった。

※幻獣祭、これを見て懐かしい人は、間違いなく40歳以上です。

いよいよその日がやってきた。場所は平和会館。建て変わる前の古いホールだったが、キャパは800人くらいあった。

それまで約三ヶ月、死ぬ気で練習したかいもあって、僕らはスムースにリハを終え、客席で先輩達の演奏を見ていた。

やがて、その日のメインアクトといっていいバンド、“モビーディック”が登場した。
そこのギタリストだった本田孝之氏は、当時、長崎のギターの神様といわれ、長崎中のバンド小僧達の憧れの的だったのだ。

しかし、しかし、僕にとって最大の衝撃は、その次に訪れた。
バンドとともに、楽器が入れ替えられたのだが、そこに登場したのは、まぎれも無いあの勇姿。一年半前、僕を打ちのめした、あの黒いでかい怪物。
あれ以来、雑誌で見る度に、その姿を脳裏に焼き付けていたので、見間違うはずの無いかたち。

そう、これこそマーシャル1959だった。

僕は、リッチーの時以上の衝撃を受ける。なんせほんの5メートル 先で鳴っているのだ、本物が。

孝之さんは、グレコのレスポールモデルを抱え、BBAのゴーイングダウンのリフを弾き出した。

この曲は、ジェフベックが、日本公演の際、元々のゴールドトップを黒に塗り替えたレスポールに、ディマジオのハムバッカーを乗せて、マーシャル1959で炸裂させたハードロックナンバーだ。

初め、ギターのボリュームを絞って、クリーンなトーンで弾き出されたリフは、直ぐさまボリュームアップとともに、怒濤のディストーションリフへと展開する。完璧にコントロールされたフィードバックが別次元へ誘い、速射砲のように繰り出されるピッキングが脳髄に突き刺さった。

孝之さんは、寸分の狂いも無く、というより、本物以上の迫力で弾き倒したのだった。
僕は、失神寸前だった。この日以来、僕のロックギターの定義が決まったと言える。

もちろんそれは、ハードロックとかそうでないとかの狭い範囲ではなく、なんというか、音楽の本質に触れるような出来事だったのだ。

それは、あの当時の地方都市の少年には、とてもラッキーな事だったんじゃないかな。
当時、長崎に来るようなプロのロックバンドは無いに等しく、たまに来日する海外のスーパーバンドの噂は、宇宙の話のようだった。

バンドを始めて間もない少年が、本物のミュージシャンと本物のサウンドを眼前で体験できた事が、その後の音楽人生にどれほどの影響を与えたか想像に難くない。

この時のマーシャル1959は、僕とよっぽど縁があったのか 、それから7年後、僕が本格的にプロを目指して活動していたバンドのギタリストの愛機となって再会する。

さらにそれから10年後、僕の後輩が買い取り、オープンしたばかりの我がエコーフィールドスタジオに姿を現したことは、まさに邂逅と言っていいだろう 。

先輩の特権を振りかざし、1959をしばらく拉致したのは言うまでもない。ちなみに、この1959は、1974年製で、スピーカーもすべて、当時のオリジナルで揃っている。
今も、その後輩の自宅で大事にされている。めでたしめでたし・・・・

長い長い、僕と1959の物語 、ご清聴ありがとうございました。
何故、このマーシャルアンプが、僕の愛機の筆頭に来るのか?

それは、何度も語ってきたように、ただの人だった僕を、音楽の世界に引きずり込んだ張本人(機材の中での話だよ)だったからだ。もちろん、現在の僕はギターも弾く。

ところで、我が社の1959は、ずぅ〜っと探していて状態の良いものを、ようやく昨年手に入れたもので、本文にもあったように、最近まで、なんだかんだと調整をしていたものだ。

今は、完全な状態で、誰かが、プラグをぶち込んでくれるのを待ってるヨ〜ん。